◇天使の涙


 第八話 天使の涙


「お、おまえ、生きていたのか?」

 マイラーは驚いた表情を投げかけた。
「ふん、俺は不死身だ、とまではいかないがな。そこに寝そべっている奴が甘くて助かったぜ。」
 乱馬は傍らに斃れ込んだ晃を見やりながら答えた。
「おまえ、あの時確かに、カプセルへと閉じ込められて、宇宙空間へ放り投げられたのではないのか?何故、ここに居る。」
 マイラーはあかねの気を吸うのを中断してじっと乱馬を見返した。

「生憎だったな。普通の人間だったら、くたばっていただろうけどよ。生憎、俺にはテレポート能力があるんだ。」
「そうか、最期の力を振り絞って、カプセルの中からテレポート移動したというのか。」
 マイラーはいまいましげに乱馬を見返した。
「そうだ。カプセルがこの船から吐き出される一瞬前に、テレポートして船内に戻ったんだ。」
「ふん、そういうことか。貴様。ミュウの超力を持っているのか。」
 乱馬は晃を振り返って吐き出した。
「らしくなく、てめえらも甘かったな。俺を完全に抹殺するには、息の根を止めてから宇宙空間へ放り出すべきだったんだ。毒を注射針で打ち込むくらいじゃ手ぬるいぜ。もっとも、あの神経毒は、毒に慣らされている俺ですら、少し効いちまったがな。まだどことなく身体がふらつくぜ。たく、いいものをぶち込んでくれたものだぜ。」

「ふふ…悪運が…強い…な。早乙女乱馬。」
 晃は途切れ途切れに吐き出した。

「どっちにしても、馬鹿だね。おめおめとここへ戻ってくるとは。今度はしっかりと息の根を止めてから宇宙へと投げ出してあげるから、暫くそこでいい子にしておいで。私がこの娘の生気を採り終えるまでね。」
 そう言い終らぬうちに、マイラーは持っていたリモコンのスイッチを捻った。
 ブンッと音がして、乱馬との間に、透明のシールドが張り巡らされた。
「そこは電磁場だよ、生身の人間が下手に触れると感電死してしまう。勿論、テレポートだってできないよ。あらゆるミュータントの能力を遮断してしまう、ゼナの闇のエネルギーで作られた特殊シールドさ。くくく、これならば手も足も出まい。少しの間待っておいで。この娘の生気エネルギーを吸い込んだら、たっぷりといたぶって殺してあげるから。」
 マイラーは妖しく笑った。

「たく…。無駄だってーのがわからないんだなあ…。オバサンは。」

「誰がオバサンだって?」
 カチンときたのだろう。マイラーは乱馬を睨み付けた。
「そうやってオバサンという言葉に敏感に反応するのが、年増の証拠なんだよっ!」
 乱馬はそういい終わるや否や、前に組んで交差していた手を両側へとぱっと開いた。

「レリーズッ!(解放っ!)」

 その声と共に、乱馬のリストバンドが弾け飛んだ。返すその手で、掌から気を、あかね目掛けて、飛ばした。

 ボンッ!

 乱馬の放った赤い気柱。それは、マイラーの触手によって囲まれたあかねの肉体を貫いた。

「なっ!き、貴様の力はこの特殊シールドを通り抜けると言うのか?」
 シールドをいとも簡単に抜けていった気柱に、マイラーはぎょっと目を剥いた。
 そればかりではない、己の触手が捕らえていた、あかねに到達したとの気。それを受けたあかねの身体がドクンと脈動を始めたではないか。
 乱馬の放った赤い気が共鳴するようにあかねの身体を包み込んで光り始める。

「もう、引き返せねーぜ。オバサンようっ!」
 乱馬の目が妖しく鈍い銀灰色に光った。
 そして、高らかに空に向けて叫んだ。

「アウエークッ!(目覚めよっ!)」

 その声を合図に、あかねの身体が一瞬、戦慄いた。
 閉じられていた、あかねの目。ゆっくりとまぶたを持ち上げ始めた。
 見開いたその瞳は乱馬と同じ銀灰色に光って、至近距離から冷たくマイラーを見詰める。
 その氷の視線にかち合うと、マイラーは思わず身を引いた。
 
「何故、意識が戻った…。永遠に目覚めぬ筈なのに…。」

 そら寒い何かを感じたマイラーは慌てて触手をあかねから離そうとした。だが、それよりも早く、あかねががっと触手に掴みかかり、目の前で握って見せる。捕まえたと云わんばかりに。
「はっ、離せっ!離せーっ!」
 マイラーは触手をうねらせながら叫び声を上げた。
 ひらひらと、白いあかねの絹衣が風もないのにゆらゆらとそよぎ、ふわっと肉体がマイラーと共に宙へと浮かび上がる。
 それからあかねはゆっくりと口を開いた。

「思い出したわ…。迫りくる狂気の中で晃が消してくれた記憶…。私の中に眠る忌まわしい記憶。その全てを…。」
 宙に浮かんだあかねは、定まらぬ視点をマイラーに手向けながら、言葉を継いだ。抑揚のない、冷たい声。

「穢れたおまえのどす黒い血が、私の脳内に眠った記憶を呼び覚ましてくれた。あの赤い鮮血の海、そして、叫びながら絶命していった、清廉な天使たちの最期を…。さっき飲み込んだこの汚れた血を通して伝わってくる。闇に飲まれながら絶命した天使たちの慟哭と。そして、記憶を消した晃の哀しみが…。」

 静かだが、腸(はらわた)から染み出すようなあかねの声。

「罪は償わなければならない。そう、私はあなたを闇に帰さなければならない。」

「何故、私の血に呑まれぬ。普通の人間ならば、平然とは居られない筈なのに…。」
 マイラーの声が震え始めた。彼女のブルーアイズが恐怖に染まり始める。

「悪いな。おまえは己の私利私欲のために、決して目覚めさせてはならない者を起こしちまったんだ。闇に眠る、暗黒の天使をな…。」

 すぐ後ろの耳元で乱馬の声がした。ふわっと彼の息が耳にかかったような気がした。

「お、おまえ…。シールドは…。」
 ぎょっとしてマイラーは振り返った。
「さっきも言ったろ?悪足掻きは無駄だって…。そんなシールド、俺たちの超力の前には無意味だ。」
 冷たい微笑みと共に、乱馬の手がマイラーの肩にポンと投げかけられた。もう逃しはしないと、手先から意思が伝わってくる。

「暗黒の天使…。まさか、おまえたち…。ダーク…ダークエンジェルなのか…。」

「今頃気が付いても、もう遅い。」
 乱馬の手が非情にも、マイラーの震える肩を抑えて離さなかった。目の前にはどす黒い触手を掴んだあかねの冷たい瞳。後ろには肩を掴む乱馬。逃げることは適わなかった。
 マイラーは、漆黒の羽開いた、暗黒の天使たちに取り囲まれて、ゆっくりと空(くう)へ浮かび上がった。
 垂れていたあかねの右手が上がった。すっと伸びるしなやかな人差し指。
 抑揚のない声が滑りだす。

「暗黒より生まれいでしゼナの精霊よ。汝、我の超力で闇に帰れ。」

「汝、我が腕に抱かれ、静かに眠りに就け。…闇の中で…。」
 あかねの囁きに、乱馬が答えた。

「やめろーっ!やめてくれーっ!!」
 マイラーの叫びと共に、あかねの指先から解き放たれた淡い光。額に当てられた指先から迸ってゆく。

「うわああああああああ…。」

 マイラーの悲鳴が闇の中に木魂した。
 やがて彼女の薄汚れた身体は、あかねの放った光に同調し始める。ひとしきり輝いた後、周りの闇を凝縮しながら、小さな黒い玉になって縮んでいった。
 乱馬はすっぽりと包めるくらいに縮んだ黒い塊を、ボールを抱えるように顔の前で止めた。
 彼は黙ってその塊を、向き合った少女に差し出す。
 少女はその塊を受け取ると、渾身から腕へと力を込めた。ふわっと彼女の髪が後ろに浮かび上がった。半開きになった瞳からも、淡い光が輝き始める。
 静かに息を吐きながら、少女は手にした塊を両手の中に、暗く輝く瞳と共に閉じてゆく。
 黒い塊は、最期に鋭い光を解き放ち、合わされた彼女の手の中に消えていった。

 やがて来る、静寂。



「マイラーめ、闇に帰ったか…。」

 と、その静寂を、一人の男の声が打ち砕いた。
 声にピクリと反応したあかねは、その男を静かに見つめ返す。

「あかね、君がダークエンジェルだったとは…。」
 男の口元がふっと緩んだように見えた。
 彼が横たわる冷たい床に、乱馬がつうっと音も無く降り立った。
「そうか…。おまえがあかねの闇を司っていたのか。二対の黒い翼を持った暗黒の天使。ダークエンジェル。」
 男は乱馬を見上げた。落ち着いた響き。
「この漠然とした宇宙空間の中で、俺はあかねと出逢った。そして、この宿命の超力が目覚めた。だから、あかねの闇は俺のもの。他の誰にも司れやしねえ。」
 乱馬は凛として男を見据えた。漆黒の翼が乱馬の背中で開いたように見えた。
 
 ふらふらと男が立ち上がった。マイラーに負わされた傷から滴り落ちる真っ赤な血。
「早乙女乱馬っ!勝負だっ!!」
 男は鬼気とした表情で乱馬を睨みつけてきた。

「わかった、受けてやる。」
 男の本気を感じ取ったのだろう。乱馬の唇は静かにそう象った。

 と、空のあかねがビクンと動いた。

「あかねっ!手を出すなっ!」
 彼女の次の行動を見越したのか、乱馬が下から怒鳴りつけた。
 困ったような表情を一瞬浮かべたあかねは、その言葉に、全ての動きを止めた。

「これは、おまえを愛する、男と男、本気の勝負だっ!おまえはそこで黙って見届けろっ!」
 乱馬はそう言い切ると、目前で身構えた男へと言葉を継ぐ。

「これでいいんだろ?藤原晃。」
「ああ、十分だ。」

 二人の男が、睨み合った。
 あたりの空気が二人の気炎へと飲み込まれてゆく。拳が触れ合ってもいないのに、二人の頭上でバシッと電光が花を散らせた。
 立つことさえもやっとの傷を負いながらも、晃は身構えた。
 
 傷の痛みなど、もう、感じることすら忘れていた。後先など考えもしなかった。
 目の前に居る、若者を打ち砕くこと。それだけを強く望んだ。己の生死の行方さえも、最早、意味を成さなかった。
 何がここまで彼を突き動かせるのか。それは誰にもわからないだろう。いや、或いは乱馬だけが、その真意を知り得たのかもしれない。同じ女性(ひと)を愛したことで。

「うおおおおおおおっ!」
 激しい気炎。晃の身体に、一気に気が迸り始める。激しい気の慟哭で、宇宙船が横に振動する。
 対する乱馬は静かに目を閉じた。己に向けて吐き出される晃の激しい気を、ただ、静かに受け留める。そんな風に見えた。
 
 晃の気の高まりは、最高潮を迎えた。ビリビリと張り詰める辺りの空気。それを切り出したのは、晃であった。

「でやあああああーっ!!」

 雄叫びを上げて、晃が乱馬目掛けて手刀を差し出した。満身の気を込めて、突き進んでゆく。晃が動いたのと合わせて、閉じられていた乱馬の目がくわっと見開いた。
 突き出された晃の気よりも、遥かに強く、鋭い光が、乱馬の両掌から押し出された。
 唸りあう、二つの気。全ての音も、匂いも、感覚も、包み込んでゆく激しい気のぶつかり合い。
 やがて、目の前が真っ白に弾けた。晃の身体も乱馬の身体も、爆裂した白い気は容赦なく飲み込んでいった。



 

 勝敗は決した。
 
 渦巻く気の中から、晃の身体が空へと投げ出される。
 乱馬の気が晃に打ち勝ったのだ。勝者の彼は気を撃ち放ったままの格好で、地に静止していた。
 その遥か上を、晃の身体が、舞い上がり、そして、制することなく落ちてくる。

「負けた…か…。」
 晃は、空へ視線を泳がせながら、静かに口を開いた。不思議と彼の口元は微かに笑みを浮かべていた。

 その時だ。天使の羽が羽ばたいたように見えた。
 力なく投げ出された晃の身体を、ふわっとその腕に抱きとめる。
 あかねだ。
 彼女は、迷うことなく、空で晃を受け止めると、静かに地面へと着地した。
「あかね…。」
 抱き留められた腕の中で、晃が小さく問いかける。
「もういいの…。晃。あなたの戦いは全て終わった。だからもう…。」
 閉じていた口をあかねは静かに開いた。
 
 晃を吹き飛ばした乱馬も、黙って矛先を収めた。逆巻いていた気を鎮め、憂いを帯びた目で重なった二つの影を見詰めていた。

「あかね…。綺麗になったな。」
 晃はすっとあかねの頬に手を当てた。
「あかね…。おまえをここまで綺麗にしたのは、あいつなんだな。」
 じっとあかねを見返す瞳。それにあかねはこくんと一つ頷いて見せた。
「できることなら、もう一度、おまえと宇宙(そら)を翔けたかった。でも、俺は決して後悔はしていない。ゼナの闇に手を染めたことも。おまえの記憶を操作したことも、全てな…。」

 あかねは添えられた手にそっと自分の白い手を当てた。
 まだ少女だった頃、懸命に晃と共に、宙を翔け巡った日々のことが、走馬灯のように、脳裏に浮かんでは消えてゆく。

「あかね…。おまえに逢えて良かった。」
 晃は最期の力でそれだけをあかねに告げると、零れんばかりの笑顔を手向けた。あかねの顔を瞳いっぱい捉えると、静かに目を閉じてゆく。
「晃っ!」

 あかねの呼びかけと共に、彼の身体は白い光に包まれ始めた。
 黙って二人を見詰めていた乱馬が、いつの間にかあかねのすぐ傍に立っていた。気配を感じてあかねは乱馬を見上げた。
 乱馬はあかね促すように、ポンっと軽く彼女の右肩を叩いた。
 わかったとばかり、あかねは、言葉を紡ぎ始める。

「暗黒より生まれいでしゼナの精霊よ…。」

 乱馬はあかねのか細い声に重ねるように、同じ言葉を象り始める。
「汝、我の超力で闇に帰れ…。」
 二人の声が透き通るように辺りに響き渡った。その言葉に反応するように、発光し始めた晃。
「汝、我が腕に抱かれ、静かに眠りに就け。…闇の中で…。」

 解き放たれた二人の呪文と共に、晃の身体は黒い玉になって縮み始める。やがて小さなボールほどの塊になった。
 その塊を、あかねは大事そう抱え込んだ。
 乱馬の手が両側からあかねに添えられる。
 暫く、じっと玉を見詰めていたあかねは、意を決したように、ゆっくりと掌を閉じて、玉を押しつぶしていった。
 玉はあかねに飲み込まれる一瞬、黒から白へと輝きを変えたように見えた。

「晃…。さようなら。」

 あかねの口から、静かに鎮魂の言葉が解き放たれた。
 それから、あかねの身体はふわっと脱力した。枝垂れかかるあかねを、乱馬はその逞しい腕で、そっと支えた。
 氷のように冷たくなったあかねの身体を、包み込むように柔らかく抱きしめる。

「あ…。」
 あかねが軽く言葉を吐き出した。
「どうした?」 
 乱馬は抱きしめた腕を少し緩めてあかねを見返した。
「これ…。」
 そう言いながら、握り締めていた掌をゆっくりと開いて、乱馬に見せた。そこには白いクリスタルの輝き似た、豆粒くらいの塊が光り輝いていた。
「綺麗だな…。」
 乱馬も一緒になって見詰めた。
「晃の闇を帰したときに、零れだして来たみたい…。」
 それは初めて見る塊だった。
 塊は、あかねの掌の中にきらきらと精一杯光り輝いていた。

「きっと、これは、晃の心、いや、涙かもしれねえ。闇に帰った天使の最期に流した清らかな涙…。奴は、始めから、おまえに闇に帰して貰うために、ここへ来たのかもしれねえ。……。いや、きっとそうだったんだろう…。」

「晃…。」
 あかねは逝ってしまった命を惜しむように、乱馬の腕の中で一言囁いた。
 閉じられて沈んでゆく意識。
 超力を使い果たして尽きたのだろう。手の中に零れた塊を握り締めたままダークエンジェルの翼を閉じていった。



 乱馬はゆっくりと立ち上がると、戦いが終わった着岸区域からダークホース号へと帰った。
 出迎えたかすみに、あかねを託すと、エージェントとしての後始末に追われた。
 かすみが提案したとおりに、状況を作っていく。
 地球連邦軍の教務官マイラーと食事中に異変が発覚。実は、教務官とは嘘八百で、彼らは盗賊団だった。それを見破った藤原晃が単身、彼らの陰謀に挑み、死闘の末、ダークホース号は奪還。だが、晃はマイラーと相打ちになって殉職。宇宙葬で見送った。彼の活躍で、生徒たちは無事。そして、ダークホース号の乗務員も無傷。
 幸い、生徒たちは、休眠カプセルへ閉じ込められていたので、そのまま、かすみの通報を受けて駆けつけた連邦軍へと引き渡されて、乱馬たちの任務は終わった。
 軽い、事情徴収も、マイラーたちの残骸が残っていたので、比較的早く片が付いた。いつもながらに、かすみのお見事な取ってつけたような事後処理に、乱馬は舌を巻いたほどだ。

 ゼナの赤い魔女・マイラーもダークエンジェルも全ては闇の中に葬られる。

 あかねは二つの闇を仕留めた疲れからか、ずっと帰還中は眠り続けていた。
「乱馬君、大変だったんだから、帰路は私に任せて、あかねの傍にいてあげなさいな。」
 かすみの気遣いも、今回ばかりはありがたいと思った。

 事後処理が片付くと、あかねと同じカプセルへと身を沈める。
 眠るあかねの青白い頬に微かに赤みが戻ったような気がした。だが、あかねは握り締めた、天使の涙を手放さなかった。
 
「奴め、愛したおまえに抱かれて、眠りに就きたかったんだな。男にとって、最期の願望は愛する者の腕に包まれて永久の眠りに就くことだからな…。ちぇっ!まんまと奴の思い通りになっちまったって訳か。」

 握られたあかねの白く細い手を、乱馬は一回り大きな手で包み込んだ。

「ま、いいさ。今回だけは。でも、これだけは覚えておけよ。俺はおまえを絶対に、離しはしない。おまえは俺の半分なんだからな。勿論、俺もおまえの半分だ…。おまえの身体と心、両方に触れられるのは、俺だけだってことをな。」
 あかねの閉じた唇にそっと接吻をすると、一緒に溶け込むように、ゆっくりと瞼を閉じた。




 あかねは帰還の間中眠り続けた。乱馬の腕の中で。
 かすみが気を利かせてくれたのか、いつもならひとっ飛びの空間を、わざとゆっくり飛んだようだ。
 連邦宇宙局の連中の目を引かないように。あくまでも「運送船」として、漆黒の空を翔けた。


「ご苦労様、乱馬君。」
 なびきがにんまり笑って出迎えた。
 あかねはまだ眠ったままで、乱馬に抱かれてダークホース号を下りる。
 軽い身体チェックを東風から受けると、促されて事務所へと足を入れた。
 ニコニコしながら彼らを出迎えたボスの天道早雲。
「今回は大変だったようだね。まあ、ゆっくり休ませてあげられる暇もないのが残念だが…。」
 コホンと一つ咳払いすると、早雲は続けて言った。
「さて、時に…。連邦諜報局から、新しいエージェント見習いを、このイーストエデンの天道支部にも送り込んできた。」
「エージェント見習いだあ?」
 訝る乱馬に、早雲は続けた。
「いずれ、イーストエデンの敏腕エージェントになるように育てて欲しいそうだ。紹介しよう。源ナオム君だ。」
 早雲の合図と共に影から出てきた一人の少年。

「あーっ!!て、てめえはっ!!」
 
 思わず声を張り上げた乱馬。
 そう、ダークホース号に乗り込んだ生意気な生徒の団体の中に、あった顔。そいつがにゅっと顔を出したのだ。
「源ナオムです。よろしくお願いします。」

「ナオム君の面倒は主に、乱馬君とあかねに、見てもらうことにしたから。」
 にんまりとなびきが笑った。
「未熟者ですゆえに、いろいろご教授ご鞭撻を…。」
 そいつは不敵ににやっと笑って見せた。

「しっかり面倒みてやってくれたまえよ。」
 バンバンと早雲に肩を叩きながら通り過ぎる。
「ヨロシク、早乙女乱馬先輩。」
 そいつも早雲の後に続いて部屋を出た。
「あたしも、情報を整理しなきゃね。今回の報告書もまとめてイーストエデン本部へ出さなきゃいけないし。」
 なびきも連座する。
「私も、疲れたから一眠りするわ。乱馬君、あかねのことはお願いね。」
 かすみもにっこりと微笑み返すと、後ろ側にあげていた髪をばさっと下ろした。

 皆が出払った後の部屋。
 立ち上がった操舵スクリーン。大画面の中に映し出された宇宙空間のに、ゆっくりと小惑星が通り過ぎる。
 腕に抱いたあかねが、柔らかい吐息を一つ。乱馬の胸に吐き出した。乱馬の腕に抱(いだ)かれながら、束の間の安息を夢見ているのだろう。
 あかねの手には、しっかりと天使の涙が握り締められていた。



 「DARK ANGEL 3  天使の涙」 完

   DARK ANGEL 4  闇の狩人 覚醒編 へ続く




一之瀬的戯言
 あとがきという名の言い訳

 張りまくった伏線。今回はそのまま置き逃げです。
 このシリーズ、かなりな長編に渡ることは間違いなく。数年書けるぞ。多分。
 元が己のオリジナルSF作品ですので、それはもう、原作全く無視して好き勝手書いております。やっと、乱馬とあかねの歳も、きっちりと設定しました。(この作品時点で二十歳らしい)
 で、藤原晃は私が持っている半さんのイメージで書き下ろしたつもりです。
 あかねちゃんの腕の中で絶命というのもなかなか美味しいシチュエーションではなかろうかと。晃って眼鏡キャラなんです。勿論、美形。…前に半さんも眼鏡かけていらっしゃるとどっかでちらっと伺ったことがあったもので(笑
 何せ、一之瀬はご本人にお会いしたことがないんで、妄想だけで書き下ろしました。前に完全ギャグタッチで半さんキャラを出してしまったことへのお詫びです(ほんまかいっ!)
 それでも「何でこげなええ男殺したっす?」と詰め寄られそうですが。あはははは…。
 余談ですが、一之瀬、昔から眼鏡のキャラが好きです。多分、初恋の人が眼鏡かけてたせいだろうと思うんですが…某テニス漫画の某部長とか…好きです(節操なし)。旦那は目だけは良かったのですが、最近老眼鏡を…(大笑)。

 ナオムのキャラクターもまだしっかり立ったわけではなく。ストーリーも脳内にぼんやりとですし、これから骨格を作って肉つけていきます。
 気長におつきあいくださいませ。(こればっかやな。私)


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