◇天使の涙


 第六話 ゼナの赤い魔女


 艦内の電灯が消えたとき、あかねはまだ生徒たちとに団欒の中に居た。
 大きな横揺れで足元が一瞬ぐらつく。
「きゃあーっ!」
「いやん!」
 少女たちの悲鳴が漏れる。
 すぐに非常灯がつくはずが、何故か食堂の中はいつまで待っても点かなかった。
「落ち着いてっ!大丈夫。こういうときこそ冷静な判断が要るわっ!」
 そう子供たちに諭した。だが、いつまで待っても灯りは灯らない。
 おかしい。そう咄嗟に判断したあかねは、
「あたし、艦内の様子を見てきますっ!」
 隣に座っていたマイラーに言葉を投げると、次の瞬間には食堂から抜け出した。
 カツカツと床を蹴り、ようやく非常灯が灯り始めた通路を操舵室の方へと向かう。

「乱馬、応答してっ!」
 あかねは通路を走りながら、腕に携帯した通信装置で乱馬に呼びかけた。
『あかねか、そっちの様子はどうだ?』
 すぐさま逞しい声が応答してきた。
「停電したわ。」
『非常灯は?』
「点かなかった。」
『そうか…。とにかく、おまえもすぐにバトルスーツへ着替えろ。こっちで合流だ。何かとてつもない陰謀が船の中で始まろうとしてやがる!』
「わかったわ、すぐ、そっちへ行く。」
 あかねは廊下を駆けながら答えた。そして、乱馬に言われたとおり、バトル形態へとスーツを変換しようと、胸のボタンへ手をかけた時だった。強い力に脇道へと引っ張り込まれた。口元をぐっと押さえつけられて。
「しっ!動くなっ!」
(晃?)
 あかねと視線が合うと、晃はあかねを見やると、口元に人指し指を当てる動作をした。あかねがそのまま身じろぎせずにじっとしていると、さっきまで走っていた主通路から足音が聞こえてきた。それも一つや二つではない。複数の乱雑な足音だった。
 やがて、足音はあかねのすぐ目の前を通り過ぎてゆく。足早に通り過ぎたのはマイラーと共に乗り込んできた連邦の軍人たちだった。皆、一様に手に武器を持ち、頭を深くヘルメットをかぶっている。
 彼らが向かう方向は、今しがたあかねが飛び出してきた食堂。嫌な予感があかねの脳をかすめた。
 晃はあかねを抱え込んだまま、じっと彼らが通り過ぎるのを待った。
 彼らが立ち去り、完全に気配が消えると、晃は抱きしめていたあかねへの呪縛を緩めた。
「ど、どういうこと?何で彼らが…。」
 と、食堂の方向から、大きな物音がした。再び生徒たちの悲鳴が一瞬轟き渡った。何かが起こった証拠である。
「やられたな。」
 晃は難しい顔をしてあかねを見返した。
「大方、奴ら、連邦宇宙局の連中だってことは嘘だったんだろうな。」
 あかねはぎょっとしたような顔を差し向けた。
「まさか、じゃあ、始めからあの人たち。」
 晃はこくんと頷いた。
「何が狙いかはわからないが、奴らは生徒たちを捕獲することが目的でこの船に侵入したみたいだな。ゼナの連中かもしれない。そう思うのが自然だ。」
「ゼナ…。」
「ああ、聞いたことがあるんだ。ゼナの連中、時々ああやって、年端のいかない少年や少女たちを誘拐してゆくってな。僕たち教官にとって、厄介な相手だって…。十分注意するようにと通達が回っていたことがある。」
 晃は難しい表情をした。
「誘拐?何のために?」
「さあな。ゼナは生体エネルギーを根源にして、暗躍しているっていうデーターもあるぐらいだ。少年矢少女たちを捕獲して「エサ」にしているのかもしれないし、或いは、誘拐してゼナの人間へと洗脳を目的としているのかもしれない。そこまでは僕にもわからない…がな。」
 あり得る話だった。ここに居るのは連邦政府にとっても、将来を担うような優秀な子供たちだと、かすみが乗船させるときに教えてくれた。いずれも名のある連邦政府要人や軍人の末裔や関係者の子息ばかりなのだと。となると、ゼナや他の連邦への反逆組織がこの船を狙ってくることも予想ができた。
 もしかして、始めから、自分たちに護衛をさせるために、父親はこの指令を出したのだろうか。
 あかねもようやく任務の陰に潜んだ胡散臭い部分を嗅ぎ取った。
 乱馬が生徒たちを毛嫌いしていたのも、彼らの変なプライドからくる、高飛車な横柄な態度に起因していたことも頷ける。
 事態が起こってしまった以上、冷静に判断し見極めて動くしかない。エージェントたるものの鉄則だ。

(前にも似たようなことがあったような…。)
 あかねは、ふっと記憶を巡らせた。霞がかった脳内の記憶の中に微かだが、よく似た状況があったように思ったのだ。だが、すぐには思い出させない。いや、思い出すのが怖いような気がした。体の奥の熱い血が、思い出すなと激しい警鐘を鳴らしている。

「どうした?何か考えでもあるのかい?」
 急に黙り込んでしまったあかねを、晃が覗き込んだ。その声であかねは我に返った。そして思考もそこで止めた。
「ううん。何でもないわ。それより…晃はどうしてここに居るの?」
 まずは目先の疑問を投げつけた。
「たまたま、トイレに立っていたんだよ。それで異変に気がついたんだ。」
 確かに、異変が起こる前に彼は席を立っていた。何はともあれ、晃が傍に居るということは、あかねにとっても頼もしいことだった。
「とにかく、戻らなきゃっ!」
 方向転換をして、今来た食堂へと向き直る。
「待てっ!」
 あかねが動こうとしたのを晃が制した。ぎゅっと肩を掴んだのである。
「今、下手に奴らの懐へ飛び込んだら不味い。子供たちが人質になってしまったようなものだからな。奴らの思う壺だぞ。」
 晃の言葉は、示唆に富んでいた。
「そっか…。このまま食堂へ戻ったら、奴らの格好の餌食になるってわけね。」
「ああ、そうだ。ここは冷静に判断して、奴らの裏目に出るようにしなければ無駄な抵抗で終わってしまう。まずは敵のことを把握しなければなるまい?」
「そうね…。連邦政府の役人に化けてくるくらいだから。…乱馬にも連絡した方がいいわね。」
 あかねは通信装置のスイッチを入れようとした。
 と、晃はあかねの通信装置の埋め込まれたリストバンドを上からつかんだ。手が触れ合うような形になる。はっとして見上げた瞳。晃は首を横に振った。
「待て、不用意に通信するのは。奴らが盗聴しているかもしれない。下手に通信なんかしたら、こっちの居場所を知らせているようなもんだぞ。」
「そっか…。あたしたちの場所をあいつらに気取られるのは致命傷になりかねない。」
 晃の言っていることには一理があった。
「幸い、僕と君と、今は二人で動ける。二人で何とかしようじゃないか。昔コンビを組んだことがある、僕に任せて欲しい。」
 晃の瞳が目の前で揺れた。乱馬に勝るとも劣らない、黒い輝き。
「わかったわ。今はそれしかないわね。で、どうするの?晃の判断は?」
「そうだな、奴らの目的が、子供たちの捕獲なら、完了次第、この船からは離れるだろう。乗り込んできた最新鋭の護衛艦でな。」
「なるほど、先にそっちへ乗り込んで、彼らを強襲する。」
 こくんと晃の頭が一つ頷いた。
「いいわ、そうしましょう。護衛艦が横付けされた船倉へはあたしが案内するわ。主通路を通ったんじゃ、奴らと鉢合わせるとも限らないわからね。別の通路を行くの。」
「そうだな、この船は君のものだからな。」
「じゃあ、あたしに任せて。」
 あかねは横道の奥へと晃を誘った。
「それから、乱馬とか言ったっけ?君のパートナーから連絡信号が入ってもスイッチは入れない方がいい。彼からの通信を受信したら、こっちの身もやばくなるからね。」
「わかったわ。通信は一切しないし受けない。今は乱馬よりも晃、あなたを柱に動くわ。」
 あかねは手元の通信機のスイッチをひねって、完全に電源をシャットアウトした。
「じゃあ、行こうっ!奴らが子供たちを連れて飛び去る前に。」
「こっちよ!」
 あかねは先に立つと、船倉へと急ぎ始めた。



「畜生っ!あかねの奴。何やってやがるんだ?」
 乱馬は操舵室で相棒を待ち続けていた。だが、一向に彼女の気配はこちらへは近づいて来ない。通信機のスイッチを入れたが、手元で切られているらしく反応しない。
「あいつ、奴らの渦中に一人で飛び込んだんじゃねーだろうな。」
 向こう見ずのあかねのことだ。やりかねない。
「待っていてもしょうがねえか。こっちから動くしか。」
 乱馬は意を決すると、己の判断で行動を開始した。手には愛用のバズーカ砲を握りしめる。
 かすみがさっき、最後にこちらに寄越してきた情報は、あかねを待ちながら読み砕いた。
(連邦宇宙局の火星地域担当教務官に、ジュリアード・L・マイラーなんて女は居なかった。ということは、一緒に乗り込んできた奴らも、当然、連邦の所属じゃねえってことになる。奴らの狙いは、子供たちってことになるな。やっぱり。)
 乱馬は脳内でデーターを整理しながら進んだ。
(子供たちの捕獲が目的ならば…。ちょっと厄介だな。奴ら、子供たちを盾に使いやがるかもしれねえし…。)
 乱馬は眉間に皺を寄せた。
(いずれにしても、こっちが不利だ。)
 そうは思っても歩みを止めるわけにはいかなかった。
(ジュリアード・リンデン・マイラーか…。ゼナの赤い魔女。もう少し早めに調査しておくべきだったな。)
 かすみが最後に送ったデーターの中に、その名前があった。連邦政府からも指名手配を受けている誘拐専門の女戦士だった。堂々と彼女は偽名ではなく、その名前を使って乗り込んできたということになる。
(はなっから本名じゃねーと高をくくってかかったことが裏目に出たか。かすみさん。)
 かすみらしからぬ失敗ではあった。生徒たちの世話に追われてしまい、肝心なところで思わぬ足元をすくわれてしまったのだろう。
(かすみさんも心配だが…。まあいい。奴らは俺たちの正体までは気がついていねーだろう。目的が子供たちの誘拐だったら、抵抗さえしなければかすみさんへは目もくれないはずだ。それに…。藤原晃。多分、あかねは奴と行動を共にしてやがるだろうしな。)
 あまりいい気はしなかったが、この危機を乗り越えるためには、嫌でも藤原晃の力を借りざるを得まい。
(ここはやっぱり、食堂じゃなくって、船倉に繋いだ、奴らの母船へ行くかっ!あいつもそう判断するだろう。ウエストエデンが目をつけたエリートエージェントならな。)
 船に巡らされた隠し通路を使って、乱馬はひたすら、目的地へ向かって進み始めた。



「晃、こっち。このハッチを開ければ、船倉の着岸区域よ。」
 あかねは晃を見返した。
「なるほど、精巧に裏通路が張り巡らされた母船だな。さすがだ、イーストエデンの特務艦らしい。」
「え?」
 あかねが振り返ったとき、晃はにっと笑っていた。
「晃、なぜイーストエデンの名を…?」
 あかねが問い返そうとしたときだった。顔先にエアスプレーをかけられた。プシューッっとエアが噴出す音がした。不覚にも思いっきりあかねはそのエアに仕込まれた物質を吸い込んでしまった。
 一瞬の出来事だったので、あかねにも回避することはできなかった。何より、昔、コンビネーションを組んでいたという晃への安心感から、警戒心が全くこそげ落ちていたのが敗因だった。
「コ…ウ…。どうし…て…。」
 あかねの口はそこで止まった。激しい痺れと共に意識が暗転していった。どさっと前のめりに倒れこんでくる、あかねの肢体を晃はその胸に抱え込んだ。
「即効性の催眠スプレーだ。悪いが、君をこのまま連れてゆくわけにはいかないからね。暫くの間おとなしく眠っていてもらおう。」
 晃の口元が妖しく微笑んだ。
 


「さあ、早く、こっちだよっ!」
 女の声が響き渡った。
 その声に導かれるように、男たちは箱を横付けされた船に運び込んでゆく。手馴れた行動だった。男たちが二人がかりで持ち込む箱。人間が一人入り込むことができるようなカプセルだった。恐らく、捕獲した子供たちを運び込んでいるのだろう。
「全部で十二個、積み込んだら出発だよっ!」
 荒々しい女の声が響く。

「そうはさせねえっ!」

「誰だっ?」
 身構えた女の前に、乱馬が現れた。
「おまえは、この船のパイロットの坊やじゃないか。」
 女は銃口を乱馬に手向けた。
「たく、俺たちとしたことが、油断したぜ。連邦宇宙局の教務官だなんて嘘なんだろう?ジュリアード・リンデン・マイラーさん…いや、ゼナの赤い魔女という通称の方がお似合いかな?」
 バズーカー砲を抱えて乱馬が上から声を張り上げていた。
「おや、その通称も知って貰えていたとは光栄だね。」
 不適に女は笑った。
「全く、正面突破して子供たちをかっさらってこうとは、たいした度胸だよ。でも、ここまでだな。」
 乱馬はにやっと笑ってバズーカ砲を構えた。
「ここで撃つのかい?そんな物騒なもの。船倉に穴が開くわよ。」
 マイラーは睨みあげながら啖呵を切った。
「穴が開くようなドジな真似はしねーさ。その船を吹っ飛ばすんじゃなくって、吹っ飛ぶのはてめーらだからなっ!」
「なめられたものだね。たった一人で、私たちを相手しようってーのかい?」
「おまえたちをぶっ飛ばすなら、一人で十分だ。試してみようか。」
 乱馬は狙い定めると、後ろで銃口を構えていた男たちに向かって砲火を浴びせた。
 ボムッと炸裂音がして煙が上がる。
「うわーっ!」と声を上げて数名の男たちがばたばたと倒れこんだ。正確な狙いはマイラーの頭上を越えて、男たちを一発で狙い撃ったのだ。
「どうだ?これでも無理だっていうのか?おとなしく降参して縄に付くなら、このくらいで助けてやるけどよ。」
 だが、マイラーは微動だにしなかった。それどころか、不適な笑いを浮かべていた。

「ふふふ、降参するのは私ではないわ。あんたの方よ、坊や。」
 そう言うと、パチンと右手の指を鳴らした。
 乱馬は腰を落として二発目の銃口を構えた。
 マイラーの指の合図で、さっきの砲火のまだくずぶる煙の中から人影が現れた。
「何っ!」
 声を張り上げた乱馬の前に現れたのは、藤原晃だった。左腕にはあかねを抱え、右腕でそのこめかみに銃口を当てていた。
「て、てめえらっ!まさか。つるんでやがったのか?」

 そう吐き出した乱馬を眺めながら、クククとマイラーが不適な笑いをあげた。
「お生憎だねえ。そういうことだよ。それに気が付かなかったあんたは、まだまだ青いわ。坊や。」
 冷たい銃口はあかねへとぴったりとくっついている。至近距離で撃たれたら、あかねとて助かるまい。あかねは気を失っているのか、微動だにしなかった。その傍らで、勝ち誇ったように晃が乱馬を見据えていた。

「さあ、その娘を失いたくなかったら、大人しく武器をお捨て。」

「この場合仕方ねえか。」
 乱馬は持っていたバズーカ砲を床に置いた。

「置いたら腕を頭に上げて、そっちへ行くのよ。」
 マイラーはあごで彼女の部下たちが待ち受ける方向へと差し向けた。
「下手な真似をするんじゃないよ。もし、少しでもいおかしな動きを見せたら、この娘の可愛い顔は吹っ飛ぶよ。」
 
 促されて乱馬はゆっくりと置いた武器から離れた。
 ゴンっと男が持っていた銃で後頭部を一発やられた。前につんのめって倒れこむ。彼の口元が切れて血が噴出す。
「ふん、他愛のない。」
 一人の男が乱馬の顔に靴をなすりつけた。
「いいざまだぜ。」
 男たちはいっせいに蔑んだような笑い声を上げた。
 そのときだ。晃が静かに動いた。
「こいつの始末は俺に任せてくれないか?マイラー。」
 静かに女を見上げる。彼の腕にはあかねが抱かれたままだった。
「いいだろう。聞けばこいつ、イーストエデンのエージェントだって言うじゃないか。せいぜいいたぶってなぶり殺しておやり。イーストエデンの連中に殺された仲間の分もね。」
「ああ、それにふさわしい死に場所を提供してやるさ。」
 晃はあかねを別の男に預けると、ゆっくりと乱馬の方へ足を向けた。腕を捲り上げて、彼は小さな箱を取り出す。プラスチック製の小さな箱をパチンと開けると、注射針が並んでいた。
「そうだな。これを使うか。動くなよ。動けばあかねは死ぬぜ。」
 
 チクッと鋭敏な痛みが乱馬の腕を突き抜けた。腕に撃たれた一本のアンプル。みるみる彼の肉体へと注ぎ込まれてゆく。
 と、彼の心臓がゴトン、ゴトンと波打ち始める。

「てめえ…。一体何を…。」
 乱馬は這わされた床から晃を睨みつけた。

「何、ちょっと薬を体へ入れただけだよ。即効性の神経作用剤をね。ほら、もう効いてきた筈さ。」
 冷たい笑いを浮かべて、晃は乱馬を見返した。
「へっ!それは念の入れようだな。」
「僕は血を見たくないだけだよ。これからあかねとコンビを組むんだ。この手を君の血で無駄に汚したくないからね。」
「あかねとコンビだと?」
「ああ。目覚めたら、彼女にはハル様の血を飲ませてやるさ。」
「ハルの血だあ?」
「そうだよ。ゼナへの忠誠の証となる、聖なる血だよ。全てのゼナの戦士に与えられる血ではないんだ。選ばれし者のみ、飲むことが許される高貴な血だよ。イーストエデンのエージェントなら君も聞きかじったことがあるだろう?美しき闇に染まる、血。これを体に注がれることによって、ゼナの高級戦士へと変貌を遂げるんだ。同時に身体の奥に眠っているミュウの超力が目覚める。」
「おまえ、正気か…。あかねにそんなわけのわからねーもの…。」
「正気だよ。僕だって同じ血が流れてるんだ。あのマイラーにだってね。」
「裏切り者めっ!」
 乱馬は鋭い目で晃を睨み返した。
「ふん!裏切り者だと?地球連邦だって一皮向けば、何をやっているかわかったもんじゃない。現にあの子供たちだって、そうだ。連邦要人のために育てられたクローン人間なのだからな。」
「クローン人間だって?」
「そうだ。連邦政府の要人の細胞から作り出されたクローン人間の子供たちなのだからな。それがどういう意味を持つかは自ずと知れたことだ。いずれ、近いうちに事故を装って彼らには死を与えられる。要人たちの生命を永らえるために、臓器を採られるために育てられた生命体なのだからな。ふふ、ゼナの戦士になることとどっちが幸福かは、言わなくてもわかるだろうよ。」
 晃の瞳は暗く輝いた。
「まあ、この先は君とは関係のない話だがな。君はもうすぐこの宇宙の闇の中で永遠の眠りに就くのだから。」
「くそ…。体が動かなねえ。」
「今使ったのは、意識だけが残る特別薬だからな。」
 晃はそう言うと、カプセルの蓋を開けた。
「さあ、この中に入ってもらおう。」
 晃の合図と共に、銃を向けた男が、乱雑に乱馬をカプセルへと投げ込んだ。薬のせいで体は痺れたまま動かない。ゴトンという音と共に、中へと投げられる。
「君の意識体と同調させそれを動力として、このカプセルは宇宙空間を飛び続ける救難艇。だが…。これを外すと…。ただの棺桶だ。」
 ふんぬっと力を入れた晃は、カプセルから何かの装置を取り外した。
「生命維持装置も抜いた。二時間も空間を彷徨えば酸素もなくなる。ふふ…、後のことは心配するな。あかねは、僕が守ってゆく。ゼナの忠実な僕として、彼女と末永くウエストエデンで諜報活動するのさ。」
「くそう…。」
 霞む意識の中で必死に抵抗しようとしたが、かなわない。薬のせいで体の自由が利かないのだ。
「…お別れだ。早乙女乱馬。」
 晃はそう囁くように言うと、カプセルの蓋を閉めた。
 それから、船倉にある発射台へとカプセルを誘導する。カプセルの外側にあるスイッチを押すと、静かにカプセルは船倉を滑り始めた。ゴオオと音がして、船倉の扉が開く。そこへ吸い込まれるように、カプセルは落ちてゆく。

「終わったわね。」
 マイラーがふっと微笑んだ。

 乱馬を乗せたカプセルが漆黒の空間へ吐き出した後、静かに船倉が閉じる。闇に投げ出されたカプセルは、ゆっくりとダークホース号を離れて行った。



つづく



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