◇天使の涙


 第五話 動き出した闇


「右舷四十五度方向へ誘導システム作動準備。並行艦へ誘導ヲ開始シマス。」

 ダークホース号の自動誘導装置が作動し始めた。
 右舷より近づいてくる、飛行艦に対して、誘導を開始したのである。誘導する船は小型の飛行艇で、地球連邦政府のマークが胴体へ鮮やかに描き出されていた。

「すっげー。」
「連邦政府の最新鋭護衛艦だぜ。」
 野次馬よろしく、生徒たちも、窓辺へと集まり、空へ放った誘導波に従い、吸い込まれるように引き寄せられてくる宇宙船を眺めていた。
 ダークホースの半分程度の小型飛行艇だ。流線型の美しい宇宙艇であった。赤や緑のランプが船体に光り輝いている。

「着岸。」

 音声システムの声の後、ガクンと一度大きくダークホース号が横に揺れた。ある程度の衝撃はあるものだ。
 あかねは藤原晃とかすみと共に、宇宙船の着岸区域へと迎えに出た。
 ギュンと宇宙艇の扉が開いて、中から数人の連邦役員が敬礼して入って来た。中央には女性が居並ぶ男性を見下ろして立っている。かぶっている連邦軍の帽子や来ている軍服の階級章の線の数から、彼女が一番「高官」だということが容易に伺えた。
「お出迎えご苦労さまです。私は連邦宇宙局の火星地域担当教務官、ジュリアード・L・マイラーです。」
 中央から降りてきた女性が、挨拶した。颯爽とした井出達。すらっと通った背筋。いかにもやり手といった女性エリート官僚。そんなイメージが見て取れた。
「わざわざありがとうございます。このダークホース号の運行責任者、天道運送会社のかすみ・天道です。」
 かすみは物怖じしないで、相変らずののほほんペースでそれに答えた。
「本来でしたら、私たち連邦政府側で座礁した船を曳航しながら帰還させなければならないところ、民間の皆さまに委託してしまい、申し訳ございません。」 
 物腰は柔らかいが、視線は軍人出身の官僚らしく鋭い。短めの金髪がゆらゆらと揺れた。整った目鼻立ち、ブルーアイの美人だった。あかねは思わず気後れしそうにくらくらとした。
(やっぱり、エリート官僚はどこかが違うわ。)
 そう思わずにはいられなかった。
 マイラーの年齢はわからなかったが、多分、三十代中頃の脂の乗り切った頃合だろう。若くはないが、決して中年というまでの年頃ではない。但し、化粧は濃いめだ。赤いマニュキアがほっそりとした手に鮮やかに映し出される。
「引き続き、こちらの天道運送会社の皆さまに、生徒たちのガニメテまでの輸送業務をお願いいたします。ガニメテ以降は連邦宇宙局から火星のラグロスへ向けて帰還させる手筈は整っています。」
 ガニメテは木星の第三衛星。木星星系第一の学園都市がある。そこで新たなスクーリング船に乗り換えて、実習を行ないながら火星へと帰還する予定なのだろう。
「今回の皆さまのご協力と、座礁した生徒諸君を労うために、連邦政府から補給物資を持って参りました。お納め下さい。」
 きびきびと女性は答えた。嫌味なくらい事務的だ。
「それはそれは、ご丁寧にありがとうございます。では、こちらへお運びください。」
 対するかすみはあくまでもローテンポな「マイペース」を崩さない。彼女もまた、別な意味で大物の風格がある。

(いけ好かないタイプの女だな。)
 乱馬は影からこっそりとその容姿を伺い見た。この手の女には裏がある。長年の彼の経験が、そう警鐘を鳴らす。
 
 マイラーと一緒に乗り込んできたのは、連邦の下士官たちだろう。いずれも軍服を着た連中だった。階級章は兵卒と低い。マイラーはかいがいしく動き回る彼らの上に、君臨する美貌の「女王さま」のように見えた。

 その日の夕食は、彼らの持ち込んだ材料で、彼らがこしらえた豪華な食卓であったことは言うまでもない。
「私たちは明日、帰還しますから。」
 マイラーはかすみにこれからの予定を告げた。
「今夜はゆっくりと新鮮な食事をお楽しみください。これも私たちの誠心誠意ですから。」

 生徒たちは、久々のご馳走の皿数に、目を輝かせて食卓に着く。食べ盛りの年齢だ。それに、宇宙船上では、滅多やたらに豪華料理が食べられる筈もない。
 食欲は人間の三大欲の中でも、筆頭に来る、本能に根ざした欲。
 皆嬉しそうに、盛られたご馳走にがっついた。

「ちぇっ!豪華な料理ったって、加工品ばかりじゃねーか。」
 乱馬は聞こえないように吐き出した。
「ちょっと、何よ、その言い草。」
 あかねが隣りからコツンと突付く。
「俺は、見てくれの良い豪華料理より、素朴な手料理の方が性分にあってるんだよ。あ、素朴な手料理っつーたって、おめえのは問題外だからな。不味過ぎて。」
「どういう意味よっ!」
 ゴンとあかねが肘鉄を食らわせた。
「てて、正直に言ってやっただけだろ?おめえの料理だけは犬も喰わねーっ!」
「こらこら、二人とも、客人の目の前よ。」
 たまりかねてかすみが制した。
「ま、食べつけねーご馳走意地汚く食べて、腹壊すなよ。」
 乱馬はそう捨て台詞を投げつけると、座席を立った。
「ちょっと、食べないの?」
 あかねが不思議そうに見上げた。
「ああ、操舵室を空っぽにしておけねーだろ。見知らない人間がうようよ居るってーのによ。」
 そう言葉を投げると、乱馬はさっさと退室して行った。
 
「もう、乱馬ったら、相変らず口が悪い。」
 
「あ、乱馬君の食事なら、私が持ってゆくわ。」
 かすみが続いて席を立った。
「お姉ちゃん、あんな奴、ほっときゃいいのに。」
「そういう訳にも行かないわ。空腹じゃ、いざっていうとき戦えない。基本よ。」
 かすみはにっこりと微笑んだ。


 操舵室。
 早々と食卓から離れて、乱馬は一人、ポツンと座椅子に深く身を沈めていた。
 腕を前に肘を着き、手の甲にアゴを乗せ、ぼんやりと揺れるデジタル画面を見ながら、考えに暮れていた。

「どうしたの?灯りもつけないで。」
 声をかけたのはかすみだった。手には湯気が立つ盆を携えている。
 彼女は天井の照明器具ではなく、足元を照らすライトのスイッチを捻った。ぽうっと柔らかい橙色の光が足元から照らし出した。その灯りだけでも充分明るい。
 それから、乱馬の操舵席の前のテーブルを出して、お盆を置いた。醤油で煮込まれた料理の香りが目の前に広がる。
「かすみさんの料理の方が、やっぱり俺には性に合うよ。」
 彼はふうっと溜息を吐く。
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ。」
 かすみがにっこりと微笑んで見せた。それから乱馬の方をゆっくりと向き直った。
「で、何かわかったことでもあった?」
 暗になびきのもたらしたデーターチップに関して質問を投げかけた。
「ああ、あった。なびきの寄越したデーターチップの中に「ウエストエデン」の極秘データーがな。」
 乱馬はスープの入ったマグカップに手を伸ばしながら答えた。
「やっぱ、なびきの解析手腕は凄えな。大方、親父あたりを上手くそそのかして回収した情報の寄せ集めなんだろうけど。見事に分析してあったよ。」
「まあ…。」
 かすみは左程驚くでもないが、相槌を上手く打った。
「暗号文も解読してたぜ。そう、極秘データーの下の下の階層にあったデーターまでな。」 
 乱馬はずずっとスープを飲み干した。
「おかげで、いろいろと胡散臭いこともわかったぜ。あかねとあの野郎の関係もな。」
「そうなの。」
 かすみは目線を落とした。
 トンと目の前に置かれたマグ。
「なあ、かすみさん。あかねの奴、宇宙感染症にかかってエージェント任務を解かれたんだってな。」
 かすみへ質問を投げかけた。
「ええ、あの子が私たちの運送基地へ送還されてきたのは、感染症治癒後だったわ。ラグロスの火星病院に半年ほど入院した後にね。体力を回復させるべく「静養」という形で戻されたの。十五歳の時にね。」
「それから約二年、静養を兼ねて運送業を手伝ってた訳か。」
「ええ、そして、あなたが家へ来た。」
「十七歳。俺たち二人とも生意気盛りだったからな。」

 あかねとの出会いを思い出したのか、乱馬は柔らかな瞳を闇へと差し向けた。実際、あかねと深い仲になるまでには、様々な紆余曲折があった。その経緯に関しては、今は筆を取らないが追々明らかにしよう。
 とにかく、最初から惹かれあった部分は持ち合わせていたが、仲が良かった訳では決してない。むしろ、反発しあっていた。
 あの「超力」が無かったら或いは、反発しすぎてコンビネーションは組めなかったのかもしれない。思いがけず襲ってきた運命の荒波に翻弄されなければ。

「かすみさん。」
 乱馬はふっと視線を上げた。
「もし、その元々のデーターが改ざんされた作り物だったとしたら…。」
「え?」
 かすみは不思議そうに乱馬を見返した。
「ちょっと待って。あかねは確かに状態が悪かったのよ。宇宙感染症の独特な症状で、家に送り帰されてきたときも、暫くはベッドの中だったわ。感染症の症状が治癒して、元の明るさを取り戻すまでに、確かに二年近くかかったんですもの。」
「じゃあ、訊くけど、あかねはどうだったんです?記憶は。」
「記憶?」
「あいつ、倒れた時の状況について、覚えてました?」
「そう言えば…。」
 かすみは己の脳内に埋没した記憶の糸を手繰り寄せた。
「エージェントの任務履行中に倒れて意識を失ったって。気がついたらラグロスの病院に居たって言ってたわね。あかねは。」

 乱馬の口元が微かに上に吊り上がった。
「やっぱり、そうか。」

「やっぱりって、どういうこと?乱馬君。」

「だから、あかねの奴、記憶を消されたんですよ。倒れた時の記憶をね。」
 乱馬の目がかすみを静かに捕えた。ダークグレイの歪んだ瞳の色。闇を見透かす、深い暗灰色の輝き。
「まさか…。そんなこと…。誰が何のために?」

「そこまでは俺もまだわからねーけど、あかねの奴、記憶操作されたんだ。そして、宇宙感染症に感染させられて、病院へ送られた。ウエストエデンの極秘情報が、不自然に途切れてましたよ。なびきもそれに気がついたみたいだけど。」
 乱馬は付け加えた。
「目的は何か、あかねの記憶を何故操作しなくちゃならなかったか、なびきもそこまでは解析できなかったみてえだが、やったのはあいつだ。「藤原晃」。そして、多分、マイラーが絡んでいる。」
「マイラーさんが?どうして?」
「勘ですよ。これ以降はね。」
 エージェントとしての勘がそう囁いたのだろう。
 さっき、マイラーがこの船に入った時、確かに、晃に向かって微笑みかけたのを、乱馬は怪訝に眺めていたのだ。

 長い沈黙が二人の上を支配した。

「奴らの目的が何か、はっきりしねーが、あかねが絡んでいることは間違いねー。」
 乱馬は己自身に言い聞かせるように言葉を継いだ。
「乱馬君。もしかしたら、辛い任務になるかもしれないわよ。」
 かすみが寂しげに笑った。
「かもしれませんね。でも…。俺はあかねを失うわけにはいかねーから。奴らから守り通してみせます。この手でね。」

 かすみは何事もなかったように、操舵室を出た。
(私ができることは、見守ることだけ…ね。因果は巡ってゆくのかもしれない。私たちの手の及ばないところで。)
 かすみはふっと暗い空間を見上げた。目の前に立ち上がった外のモニター。

 宇宙船の向こう側には木星の淡い光がこちらを照らしつけている。

 軽い夕食を摂り終え、かすみが立ち去った後のことだ。
 ふわっといきなり操舵室の緊急通信システムが立ち上がった。

「ん?」
 乱馬はすぐさまそれに気がついて、手元のスイッチを捻った。
『乱馬君、良かった。そこに座っていてくれて。』
 なびきが画面の向こう側に現れた。
「どうした?何か異変でも。」
 乱馬はマイクを取ってなびきを見返した。
『昨日そっちへ送ったデーターチップだけど。やっと、解析完了したのよ。そしてら、とんでもないデーターが潜んでいたわ。あかねに関する機密情報がね。いい、今からそっちへ送るから、誰にも感知されないようにして受信してちょうだい。直接、あんたの手持ちのシステムへ送るわ。繋いで。』
「お、おう、わかった。」
 乱馬はピアス状のチップを左耳から外すと、通信システムの上にそっと置いた。
 ブウウンと微かな音が響いて、淡い赤色を発してチップが光り始めた。なびきがデーターを直接チップ内へ送信しているのだ。数秒でチップの光は沈んだ。
『完了したわ。』
 なびきが画面の向こう側で頷いた。
『六年前の忌々(ゆゆ)しき事件データーよ。あかねが藤原晃と最後に乗船した「エターナ号」の事件。乱馬君。絶対にあかねに悟られちゃいけないわ。できたら、今はかすみお姉ちゃんにも…。あ、何だか変な信号がそっちの船か出てるわ。傍受されてるかもしれないからここで切るわ。これが限界でしょうから。以上よ、通信終わりっ!』

 ブンっと画面が途切れた。
 随分せっかちな通信だと思ったが、乱馬はそれ以上気に留めなかった。

(六年前のデーターだって言ってたな。なびきめ、何を解析しやがったんだ?エターナ号…、まてよ、どっかでその名前…。もしかして、ラグロス連邦学校の児童生徒数十名が犠牲になったっていう、エターナ号の悲劇か?)
 乱馬は左耳へピアス型のチップを宛がった。それから、パワーをオン状態にして、目を閉じる。
彼の超力の中に連動しているこのコンピュートシステム。なびきが開発したものだ。彼の特種能力である、テレパス能力を使って、直接脳内へ情報を送るためのデーターチップ。それがこのピアス型のシステムだ。
 ここから発せられる特種波動を伝って、情報が乱馬に提供される。どんな機器も使わないので、極秘情報のやり取りには便利だ。特種任務の詳しい情報を、なびきが乱馬に与えるときにのみ使われるシステムだ。
 コンピューターなどの機械を介するよりも、極秘情報については、データーチップを使う直接伝達の方が理に叶っているというわけだ。
 勿論、乱馬のような、超力にも通じる特殊能力を備えた人間でないと使えない代物ではあった。また、未発達のため、一度きりの伝達にしか使えない。そのため、反復はできない。機密情報をやり取りすることに適した、一度きりの使い捨て情報の伝達チップであった。

 頭に流れ込んでくるなびきの情報を乱馬は即座に開いた。最優先で聞けと言わんばかりのなびきの言葉尻に、尋常ではないものを嗅ぎ取ったからだ。
 音声と視覚が一体になって瞼の裏に浮かぶ。そこに開示されたなびきの緊急情報。
「な、何だってっ。」
 思わず言葉が漏れそうになった。
 伝わってくる衝撃的な内容に、みるみる眉間が険しくなる。体が震えた。
 何故あかねに記憶操作がなされたのか。そして、一体何が起きたのか。データーは客観的に乱馬に、その手がかりとなり得る「過去の事実」を伝えてゆく。
 あかねが担った六年前のエージェント任務。そしてそれに付随して起った不幸な事件。隠されたその真実が浮かび上がってくる。マスメディアや連邦データーとして公開された情報とは、全く相容れない数々のデーター。
 俗に「エターナ号の悲劇」と当時、宇宙関係者には広く伝えられた事故があった。地球へ向けて航行中だった学生運搬船、エターナ号。それが、忽然と姿を消した。途中、宇宙の飛来隕石が宇宙船に激突して、宇宙空間をそのまま連絡不能となり、彷徨い続けたという。悲劇はそのまま終わらず。制御不能となった船のどてっ腹に再び飛来した隕石。それによって、船内は血の海と化し、たまたま航行していた連邦軍の連絡船に翌日発見され、引き上げられたときは、生存者が居ないと発表された。おびただしい遺体と血の海は凄惨を極めたと、言われている。
 その事故にあかねが連座していたというのだ。晃と一緒に。
 ピアスの光がつうっと消えた。
 データーの回送が完了した印だ。暫く乱馬は動けなかった。
「重い…。あいつ、そんな重い過去を背負ってたのか…。」
 ぎゅっと手が空を掴んだ。
「晃の奴か。あかねの記憶を操作したのは…。そういうことだったのかっ!後遺症からくる精神崩壊からあかねを守るために。そして、連邦のデーターごと改ざんまでした全員死亡という記録を残し、あいつはあかねに、宇宙感染症をわざと発病させた。そう考えれば全てが繋がる。」
 わなわなと手が震えた。

 と、急にかすみが画面を開いてきた。
『乱馬君っ!』
 かすみは酷く慌てているようであった。彼女が慌てるという風景は滅多に見られないため、事態が何か逼迫している。乱馬はそう感じた。
『大変よっ!なびきから緊急連絡が送られてきたの。私が送ったデーターを解析したらしいわ。そしたら、マイラーのことがわかったらしいの。連邦宇宙局の教官だなんて嘘もいいところよ。いい、すぐそっちへデーター転送をかけるわ。』
 それだけを手早く言うと、かすみは操舵室のメインコンピューターへデーターを転送した。

 乱馬のピアスが今一度赤く輝いた。即刻今のデータを取り込んだ。船内転送なので、機械を通さなくてもデーターは直接、ピアス型の装置へ転送をかけられる。便利なシステムだ。

「何だって?ジュリアード・L・マイラー。いや、ジュリアード・リンデン・マイラー。通称、ゼナの赤い魔女。ちっ!盲点だったぜ。くそっ!俺とあかねをこの船に誘導したということは…。なびきめっ!やってくれるじゃねーか!結局のところ、俺たちの超力が必要となる任務だって睨んでやがったなっ!でも、あかねの超力を目覚めさせる訳にはいかねーっ!!今回ばかりは。」

 乱馬が駆け出そうと身体を起こした時だった。

 ガンッ!と何かがダークホース号に当る音がした。
 ジジジジジっと操舵室いっぱいに置いてあった器具に電光が走る。ショートする音だ。
 一斉に電気系統が途切れた。
「しまった!先を越されたかっ!」
 乱馬は緊急スイッチを捻った。だが、少し遅かったようで、船の航行を制御する機能が即座に奪われていた。
 ドンっと机上を叩く。かすみの運んで来たお盆が下へと落下して弾けた。
 ガガガガガ……。
 大きく船が横にゆれて、ぱたっと静かになった。そう、ダークホース号は全ての営みを止めたのだ。
 緊急の自家発電装置が働いて、鈍い灯りが館内を照らす。

『やられたわっ!通信網も殆ど使い物にならない。救難信号も送る暇がなかったわ。』
 おっとりのかすみにしては早口で一気にまくし立てた。
『もうすぐ、ここのシステムも途切れるわね。今送ったデーターをすぐさま読み込んで解析してちょうだいっ!一刻を争うわっ!』
「かすみさんは?」
『私なら大丈夫よ。それより、あかねと子供たちをっ!』
「わかりました。」
『くれぐれも用心してね。敵はかなりの手だれよっ!』
 ブツンっと嫌な音がして画面が途切れた。
「ちっ!船内システムも途切れやがったか。まあいい。」
 乱馬はぎゅっとベルトを絞めた。


 乱馬は胸元の小さなボタンを押した。バトルスーツ装着の転換機能ボタンだ。パイロットスーツからエージェントとしてのバトルスーツへと即座に形態が変わってゆく。それから床をぶち抜いて、乱馬は愛用の武器を取った。様々な銃器類だ。凡そ、一般輸送船には似つかわしくない装備へと身を固めてゆく。

「ちぇっ!藤原晃のことだけだって厄介だってーのによ。たく、面倒な任務だぜ。」
 彼はゆっくりと操舵室のドアを開いた。そして、暗闇の廊下を歩き出した。



つづく



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