◇天使の涙


 第三話 秘められた過去

 釈然としない飛行時間を乱馬は狭い宇宙艇の中で過ごしていた。


 任務に私情を持ち込むのは、勿論、良しとはされない。それも、承知してはいたが、乱馬も生身の人間。パートナーの心情を気にするなと言う方に無理があろう。
「晃はあたしの最初のパートナーだったの。」
 あかねはいとも簡単に乱馬に説明しただけで、それ以外は一切、口にしなかった。
 尤も、「一ダースも預った大切なお客様のお世話」という、天道運送会社としての表向きの仕事が、激忙を極めたので、二人でゆっくりデスカッションをする暇もなかったというのが本当のところだった。
 物を運搬するときは、自動操舵に切り替えて、安眠カプセルの中に入り、寝て待てば良いのだが、相手が人間、それも、生徒たちがメインとなるとそうも言っていられなかった。
 一応、地球標準時にあわせて、朝、昼、夜と二十四時間体制で区切って日々の管理をしていたが、食事の世話だけでも半端なことではない。その上あかねは「不器用」ときている。大ベテランのかすみが一緒に同行してくれたとはいえ、忙しいことには変わりがない。
 乱馬は操舵を一身に任されて、四六時中、パイロットシートに張り付いている状態。
 自然、すれ違うこととなる。
 勿論、交代で睡眠は摂ったが、生徒たちの手前、安眠カプセルに一緒に入るわけにはいかない。
「今は任務履行中だからね。」
 と、あかねもプライベートにそれ以上立ち入るなと暗に乱馬に向って拒絶の態度を取った。
 いつもならば、それで当たり前。任務中は公私混同はしないと乱馬もあっさりとしている。
 だが、今回は少し様子が違っていた。
 何となく二人の間がギクシャクしたのである。あかねは、久しぶりの旧パートナーの出現に浮き足立っているようだったし、乱馬は、「最初のパートナーだった」と言ったあかねのに、それなりの衝撃を受けていたのだ。そう、乱馬は「ヤキモチ」を妬き始めていたのかもしれない。
 二人の雲行きが怪しかった。

 最初は杓子定規に、訓練飛行と同じように、生活をしていた生徒たちも、時間の経過と共に、だんだん、乱馬やあかねたちとも「馴れ合い」になってくる。好奇心旺盛の多感な少年や少女にとって、身近な大人たちが、好奇心の対象に見えて仕方がないらしい。
 三日ほどで十二人の生徒たち全員の名前を覚えるに至った乱馬。勿論、彼らにも個性があり、人懐っこい性質の子や恥ずかしがりや、引っ込み思案もいる。
 親しくなるにつれ、いろいろと会話も交わし、係わり合いを持つようにもなる。これもまた、人間同士なら、ごくありふれた光景である。

 中でも「ナオム」と言う少年は歯に衣着せない物の言い方で、ずいずいと乱馬に絡んできた。赤みがかった。短めの黒髪がさらさらと後ろに靡く。生意気盛りの少年だ。

「兄ちゃんさあ、あのあかねっていうクルーとどういう関係なんだ?恋人か?それとも、もっと深い関係?」
 と、こんな調子でタメで乱馬に話し掛けてくるようになった。
「おめえには関係ねー話だろ。」
 乱馬はツンケンドンに答える。こんな生意気が宇宙服を着たような少年に答える義理はないと彼なりに踏んでいた。
「へえ、ムキになってるところを見たら、恋人かな。」
 と砕けた口調だ。
「うるせーっ!操舵中は黙ってろっ!」
 乱馬はモニター画面を見ながら邪魔するなと難しい顔をもたげた。
 時々、生徒たちの何人かは、晃の講義時間がはねると、こうやって、船内を自由に歩き回って、探索もしていた。あかねやかすみたちの仕事を手伝う少女もいれば、実地訓練の機会と云わんばかりに、操舵室に入ってくる少年も居た。
 一応、彼らは天道運送会社の大切なお客様として扱っている。ダークホース号も運送会社の一宇宙艇。そういうことになっているから、ゾンザイに扱う訳にもいかなかった。
「でもさあ、あの姉ちゃん、何で藤原ティーチャーと旧知なんだろう。教官やってたことがあるような感じじゃないしさ。恋人か何かだったのかもな。」
 ナオムは生徒たちの最大の関心事も話題に振って来る。その言い草が乱馬の怒りに火をつける。
「だから、俺の知ったこっちゃねーって言ってるだろっ!」
「何だ、知らないのか。」
 彼は冷ややかに乱馬を見返した。明らかに大人をからかっているような口ぶりや態度であった。
 乱馬はぎゅっと手を握り締めて、その場は耐えた。こんな年端もいかない餓鬼と本気でやりあうほど馬鹿ではない。

 実のところ、乱馬とてあかねと藤原の関わりを知りたくない訳ではない。
「最初のパートナーだった。」
 このあかねの投げた一言は、重石のように、乱馬の心にずっと引っ掛かっていたのだ。
(最初のパートナーっていうことは、エージェントとしての、だよな。当然。)
 彼なりにそう噛み砕いた。
 藤原晃は、どう若く見積もっても二十八前後だ。乱馬とあかねが出会ったのは十七歳のときであったから、少なくともその前にパートナーシップを組んでいたことになる。随分、若いエージェントだ。
 だが、乱馬も十三歳でこの道に入っている。勿論、正式なエージェントとしての任務に就いたのが十三歳という年齢であったのであって、それ以前も「まがい」なことはやり遂(おお)せてきた。
 その若齢で正式エージェントになるなど、そこら辺にある話でもなかった。あかねがこの道を歩み始めたのは十四歳だという。だが、彼女の場合は「エージェント見習い」が十四歳からであって、一人立ちした年齢ではない。乱馬は既に十三歳で一人前と認められていたのだ。
 何より彼の場合、「エージェントの父親付き」という特殊な環境で育った。父親は乱馬を幼少時、それこそ、物心がつく前から、自分の任務地、つまり宇宙へと連れ出し、ありとあらゆることを叩き込んだ。カタコトの言葉しか話せない頃から、彼は「危険」と隣り合わせで生きて来たのだ。子連れエージェントだった父親と共に。
 十三歳という異例の若さで、連邦の正式なエージェントメンバーに任命されてからも、相変わらず父親をパートナーに数多の修羅場を潜り抜けてきた。
 現在の彼のパートナーは、あかねだ。十七歳で彼女と引き合わされてからは、ずっと彼女と共に行動してきた。
 彼女と組んで、そろそろ四年という年月が流れようとしている。
(だけど、あかねを親父たちから紹介されて許婚として押し付けられた時には、一応、決まったエージェント活動はしていないことになってったぞ。「釣書(つりしょ)」にも過去のことには全然触れられてなかったし。)
 小首を傾げたくなる話であった。いや、乱馬にとって、あかねがパートナーシップを組んでエージェント任務を履行していたことは「初耳」だったのだ。勿論、本人の口から聞いたこともない。
 それだけに複雑な思いが交差していたのも、また当然の成り行きであった。

「ナオム君、藤原教官が捜してらしたわよ。」
「あ、いっけねーっ!」
 かすみが呼びに操舵室へ入ってくると、そそくさと彼は部屋から出て行った。
「ちぇっ!どいつもこいつも、餓鬼ってーのは、扱い辛いぜ。」
 乱馬はどっかとパイロット席へと深く腰掛けた。
「仕方が無いわ。あの年頃の子供たちは好奇心の塊よ。ああやっていろいろなことに首を突っ込んで、やがて皆、大人になってゆくのよ。あなたもそうだったでしょう?」
 かすみはにっこりと微笑んだ。そして、持って来た珈琲マグを乱馬の横へとトンと立てた。湯煙から珈琲のいい香りが湧き立つ。
「インスタントじゃないね。」
 乱馬は香りを嗅ぎながらかすみを振り返った。
「地球製だそうよ。藤原さんから豆をいただいたの。座礁した宇宙艇から持ち出して来たんですって。」
「地球製。野郎が持って来たのか。たく、船を座礁させておいていい気なもんだよなあ。」
 乱馬は吐き捨てるように言った。どうやら、かなり虫の居所が悪いようだ。
「あら、座礁は彼のせいだけじゃないわよ。元々、グリーンメイズ号は調子が悪かったんですって。そこへたまたま隕石が衝突っていう事故が重なったのよ。藤原さんが壊した訳じゃないのよ、乱馬君。」
「船の不調だって、整備不良みてえなもんじゃねーか。」
 乱馬はぶすっと吐き出した。
 それを聴くと可笑しいと云わんばかりにかすみは目いっぱい微笑んで見せた。
「ホント、ここのところ乱馬君、ご機嫌斜めなようね。」
「かすみさんまで、何なんだよ。」
 乱馬は苦笑した。
「さっき、ナオム君が言ってたこと、乱馬君も気になってるんでしょう。あかねの過去のこととか。」
 にんまりとかすみが笑った。
「やれやれ、かすみさんにはかなわねーな。」
 乱馬は珈琲を口元へ流し込むと、ポツンと白状した。
「気にならないって言ったら嘘になるな。俺が最初のパートナーだってずっと思ってたからな。」
 マグを傍らに置くとふっと溜息を吐いた。
「そうね。あなたには何も言ってなかったわね。藤原さんってね、あかねの最初のエージェントパートナーだったの。まだ、訓練生だった頃のね。」
 かすみはポツリポツリと話し始めた。
(訓練生の頃の話か。)
 乱馬は黙って耳を傾けた。
「期間的には半年とちょっとだったかしらね。ラグロスシティーのハイスクールを出て、あかねは迷うことなく、私たち姉妹と同じ道を歩き始めたわ。エージェントとしての英才教育をあの子も幼少時から担わされた。私たちと同じようにね。」
 かすみは微笑みながら話を続けた。
「あの子も私やなびきと同じように、母の居ない世界を、エージェント訓練を乗り切ることで、晴らそうとしていた部分があったのかもしれない。いつか、ゼナに立ち向かって、母親の仇を取るんだってね。その辺りは乱馬君も知ってのとおりよ。」
 あかねとその母との関わり、そして彼女がエージェントへと身を転じた動機は本人の口から直接聞いたことがあった。ゼナの犠牲となって、目の前で殺された母親の無念を晴らしたいと、この危険な世界へと身を投じたのだとあかねは寝物語に乱馬に話したことがあったのだ。
「あの子は昔から男勝りなところがあって、パイロットに向いていたわ。だから、一流のパイロットエージェントになるために、訓練を受けたのね。あなたも知ってのとおり、エージェントエリートは最後に先輩の直接指導を実地訓練、いえ、実任務で受けるでしょ?」
「ええ。普通のメニューをこなしてエージェントになるのなら、そうですね。」
 乱馬は口を濁しながら言った。彼の場合は、エージェントになった経緯が通常とちょっと違っていたので、これ以上はかすみに突っ込めなかったのである。
「そっか、もしかして、その指導者っていうのが…。」
「藤原晃、子供たちの指導教官よ。」
「なるほど…。だったら最初のパートナーと言う言葉も頷けるな。」
 乱馬は独りごとのように呟いた。
「連邦エージェントは、訓練とはいえ、マンツーマン指導を受けさせるときには、既にパートナーとして登録されるわ。だから、訓練期間が終わっても、そのまま、パートナーとして宇宙を股にかけて任務を遂行する場合の方が多いんだけれどね。これはって思った子を育て上げて、パートナーにする。良くあることよ。」
「じゃあ、もしかして、あかねもあいつと組んでずっとエージェント任務を続けるつもりだったんじゃあ。」
 はっとして乱馬はかすみを覗き返した。
「そうね。お父さんが天道運送会社を設立しなければ、或いはそのまま、今でも彼と組んで宇宙(そら)を飛んでいたかもしれないわね。」
 かすみは意味深な微笑を浮かべていた。
 その言葉に、乱馬は一瞬、冗談じゃねーぞという顔を差し向けた。だが、感情は押し殺して問いかける。
「天道運送会社の設立とあかねがエージェントをあいつと組み続けなかったのって、やっぱり関わりがあるんですか?」
 率直に訊いてみたのだ。
 あかねが晃とのパートナーシップを解除したのか。晃が見切りをつけたのか。それとも他にも理由があるのか。的を射た質問であった。
「ふふ、今日はここまで。いずれわかるわ。」
 だが、かすみはそれ以上は乱馬には何も語ろうとはしなかった。おそらく、イーストエデンと天道家のことに関わるのだろう。勿論、壁際で誰が訊いているとも限らないから「イーストエデン」という言葉は禁句であった。乱馬とてそれを「天道運送会社」と言い換えているだけである。
「おっと、油売ってる時間(ひま)もねえか。」
 ここまできて、本題はすっとぼけるんですか…と続けたい気持ちに駆られたが、ぐっと堪えた。
「ご馳走様、かすみさん。」
「どういたしまして。」
 かすみは飲み干されたマグを手に取った。
「乱馬君、これだけは言っておくわ。あの子の心を癒せるのは、あなたしかいない。それは、あかねが一番わかっていることだから。さ、お夕食、作らなきゃね。」
 かすみはそれだけを言い置くと、操舵室から立ち去った。

(やっぱり、何か「裏」がありそうだな。)
 乱馬は飛空スケジュールシステムを立ち上げながら、ふっと思った。
 かすみの最後の言葉が乱馬にはどうも引っ掛かったのだ。意味深に投げられたかすみの視線と共に。
(もしかしたら、あかねの奴。俺にも話したがらねえ「過去」を背負い込んでやがるのかもしれねえな。)
 漆黒の闇がモニターの向こう側に広がってた。
(俺は、本当はあかねのこと、何も知らされてねーのかもしれない…。)
 乱馬は己の心の隙間に乗じるように僅かに生じた航行の誤差値を修正するべく、操舵装置を立ち上げた。




 そんな落ち着かない船内にちょっとした「事件」が起ったのは、それから間もなく、夕食後のことだった。

 俄かに船室がざわつき始めた。

「この野郎っ!黙って訊いていたら。調子に乗りやがってっ!」
 体格の良い少年が一番小さな少年に向って、乱暴な言葉を投げかけた。と、周りに居た少年たちは一斉に体格の良い少年の方へと加勢する。
「そうだっ!だいたいてめえ、一番年下のクセしやがって、生意気なんだよっ!」
「一回しめてやらなきゃって思ってたところだ、丁度いい。」
 彼らは暴走を始めた。
「けっ!得てして弱っちい奴等ほど、徒党を組んで腕力に訴えようとするんだな。」
 学生たちが寄ると集(たか)ると、どうしても多かれ少なかれ「問題」が生じるものだ。ここが閉鎖された空間であればあるほど、ストレスも溜まる。溜まったストレスは、事が起ると、一気に暴発してしまうものである。
 隣りの居住区に居た少女たちもざわつき始めた。
 普段は大人しい、この学生たち。だが、それにひとたび火が灯ると、かえって収拾できなくなるらしいのだ。たまたまあかねも彼らの教官の藤原も、夕食後、睡眠に入っていた。彼らが起きていれば早々にも止めに入られたのであろうが。

「なあ、モーリス。こいつやっちまおうぜ。生意気な口を利けないように。」
「それがいいな。丁度、教官も定期睡眠に入ったところだから、暫くは目覚めないだろうしな。」
「そうだな。ここの宇宙船のクルーはよわっちい姉ちゃん二人とひょろいとっぽい兄ちゃん一人だし。」
「教官の教え子だって言ってた、あかねっていう姉ちゃんも睡眠中だって言ってたぜ。」
「少年格闘技大会でいい線行ってたモーリスとワン、二人にかかれば、あの兄ちゃんだってかないっこないさ。」
「いい機会だ。全ての基本は体力にあるってこと、身体で教えてやらあっ!」

「ちょっと、あんたたち、いい加減になさいよ。暴力で訴えるなんてサイテーなことよっ。」
 騒ぎを聞きつけた少女たちも飛び込んで来た。
「何が原因か知らないけれど、教官が起きたらお小言食らうわよ。」
 正義感が少女たちの舌唇を動かすのだろう。
「けっ!そんなの、やっちまって痛めつけた後で、ここの姉ちゃんに言って、ナースシステムで治療して貰えばいいだけさ。証拠さえ残さなきゃいいんだぜ。どうにでもなる。」
 一人の少年が、モデルガンまで持ち出した。
「おめえらも、黙って見てろっ!レイラだってこいつは生意気だって言ってたじゃねーかよっ!いい子ぶるなっ!!」

 少年たちの暴走は、ひとたび走り出すと、止まらないことがある。それゆえに「蒼い」のであるが。

「たく、野蛮人たちは戦うことしか脳がねえんだな。」
 中央へ囲まれた少年がいきり立つ。
「生意気な。土下座して謝れば許してやろうと思ったけど、やめた。マルス、フランクリン、ビリー。てめえらもモデルガン取れっ!」
「わかった。モーリス。」

 一髪触発。

「おめえら、何やってんだっ!」

 ガラッと扉が開いた。なだれ込んだのは、乱馬であった。

「何だ、パイロットの兄ちゃんか。どいてな。怪我したくなかったら黙って見てろっ!」
 一番身体のでかい少年が乱馬を牽制した。
「そうだぜ、モーリスはこう見えても、教官からも一本取れるくらい格闘が強いんだ。兄ちゃんなんてひとひねり…。」

 電光石火。乱馬は乱馬を牽制した少年の腕を捻り上げた。ぐっと掴まれた少年が声を上げる。それからどさっと乱馬はそいつを床に投げ下ろした。
「こらっ!てめえ。運送会社のクルーの分際で、俺たち連邦ハイスクールのエリートである俺たちに手をかけやがる気か?」
 中央でモーリスががなった。
「エリート?そんなもの、宇宙空間では何も役に立ちはしねえっ!」
 乱馬はぺっと言葉を吐き出した。

「こいつ、先にやっちまえっ!」
 モーリスの言葉に反応する少年たち。ストレスは、もう修正できないところまで狂気を少年たちに投じた。
「おうっ!」
 少年たちの雄叫びと共に、乱馬は既に動いていた。目に止まらぬ速さで、武器を持った少年たちを薙ぎ払ってゆく。ものの数秒で少年たちは全員、床に突っ伏していた。

「ガキが。己の存在をわきまえろ。俺はてめえらの教官とちがって容赦はしねえ。おめえらが連邦のエリートに駆け上がるんだったら、地球もお終いだぜ。たく、手間取らせやがってっ!」

 しなやかな動き、そして無駄の無い身のこなし。
 少女たちは感嘆の声と好奇の視線を乱馬に投げた。
「乱馬君っ!」
 騒ぎを聞きつけて駆けつけたかすみに乱馬は言った。
「手当てしなくても大丈夫だよ。急所は外してある。軽い当て身だけしか食らわせてねえ。ま、これに懲りたら、この船の中で騒動は起こさねーこった。骨の一本や二本、軽く折れるって覚悟があるなら、また俺に突っかかってきな。」
 痛さで声も出ない少年たちに乱馬は吐き捨てると、さっさと部屋を出て行った。

 その後姿を見送る少女たちが、一斉に色めきだった。
「凄い…。」
「あれが宇宙の男よねえ。」
「いやん、航海中に絶対、お友達になってみせるわ。」
「友達だなんて、勿体無い。あたしなら、身体だってあげてもいいわっ!」
 少女たちの目がかしましくなった。きゃぴきゃぴと黄色い無責任な声を張り上げている。
 乱馬の見事なまでの格闘センスに、すっかり魅了されてしまったようだった。それだけ、彼の動きは美しかった。一糸の乱れもない美しい動きは、人を酔わせるものなのかもしれない。


「早乙女乱馬。…さすがだね。」

 一人だけ無傷の少年が、乱馬が去った後に、そう言葉を吐き出していた。好奇の目を投じながら。

「こんなに早く君の実力の一端を傍で見られるなんて。へへっ!こいつらも少しは役に立ったってわけか。」
 ナオムは転がった少年たちを上から見下すように流し見た。
「君の実力。もっと間近で見てみたい。いや、見せてもらうよ。イーストエデンの敏腕エージェント、早乙女乱馬の実力をね。ふふ。面白くなってきた。」
 そう嘯くと、彼はすっと部屋を出た。



つづく




一之瀬的戯言
 作者注/釣書・・・見合いに配られる、履歴書。早乙女家と天道家は二人を引き合わせたとき、互いに釣書を交わしていたらしい。
 どんな内容だったのかは、今のところ不明。

 あかねの過去。乱馬がうっすらと予感したことは、当らずしも遠からず。この後の「緊急事態」によって露呈なるか。
 
 ナオム
 謎の少年です。漢字表記をすると「直向」です。
 まあ、その辺りはボチボチと明らかに。実は作者もまだ良くわかっていないキャラなもので、さらっと読み流しておいてください。(こらこら)


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