◇漆黒の天使たち


 七、覚醒


 機械のうねる音と共に、乱馬の頭上から緑色の水溶液が流れ込んできた。
「ふふふ…。これは培養液じゃ。これを通じておまえの生体エネルギーが取り出される。」
 バシャバシャと落ちてくる水。
「さっきの男と違って、呪泉の呪いにかかっているわけでもないか。ふふ。ワシの血肉と化すのだ。変な呪いでも入っていたら厄介だからな。」
「わざわざ確認ってわけか…。ご苦労なこった…。」
 乱馬はにやっと笑った。
(なびきの奴め、予めこうなることを予測してやがったのか?ま、止水桶を浴びておいて正解だったか。)
 心でそう呟いた。
 
「おまえさんの相棒の少女もじきに、エレナスの身体に生体エネルギーを取り込まれるだろう…。安心しろ。一滴のエネルギーも血も無駄にはせんよ。」
 サジェは己の身体に乱馬を巻きつけた機械を己の身体に装着してゆく。この管を通じてエネルギーを取り込もうという魂胆だろう。
「一体今まで何人の人間を餌食にしてきやがった?」
 乱馬は言葉を掛けた。
「さあな…。忘れたよ。おまえさんで五十番目ほどの娘になるやもな。エレナスはまだ十人くらいのもんだろうがな。」
 そう言いながらサジェはまたリモコンのスイッチを入れた。
 ちょろちょろと流れていた水は一気に乱馬の繋がれたカプセル目掛けて流れ込む。そして、空気マスクのように伸びてきた管が、彼の口と鼻を塞ぐ。

「覚悟は良いかな…。エレナスの管もワシの管もしっかりとおまえたちに繋がれた。もう逃れることはできぬ。ワシの身体の中に取り込まれて、共に宇宙へと掛けようではないか。一滴も余すことなくワシの血と肉と化すのだ。」

 グイインと機械が唸り始めた。
 
 ビンと電気的な衝撃が乱馬の身体を突き抜ける。身体の力が抜け落ちそうになるのを堪えながら、乱馬は最後の超力を振り絞って気を高めた。

「おお、素晴らしい生体エネルギーだ。身体に力が漲るぞ。」
 サジェは感嘆の声を発した。

「素晴らしいっ!これで悠に三十才は若返れるというもの…。ああ、美しいエネルギー。」
 すぐ後ろであかねに繋がれたエレナスが感嘆の声をあげていた。
 彼女のエネルギーはあかねから吸い上げられてゆく。ガラスカプセルの中であかねが揺らめきながら浮き沈みしているのが乱馬から見えた。
 
 グイイイイン。
 機械は乱馬のエネルギーを吸い続ける。

「うおおおおおっ!」

 乱馬は全身の力を降り注いで、集中させた己の気をカプセルのに充満させた。

「貴様血迷ったか?動かぬ手で気を集中させても、どこへも飛ばせはできぬだろうに…。」
 サジェが不思議そうな声をあげた。
「そうでもねえぜ…。」
 乱馬はにやりと笑った。
「この期に及んで、悪あがきはよせ。もう、抵抗する力も残って居まい。」
「悪あがきじゃねえさ、じいさんよ。予定の行動でいっ!!」
 乱馬はにやりと笑う全身から気を放った。

「やっ!!」

 一瞬のうちに気の波動がカプセルを伝う。
 パリン。
 気のエネルギーに反応して何かがカプセルの中で弾けた。

「なっ?」

「生憎だったな、じじいっ!」

 乱馬の肉体がみるみる盛り上がり、女から男へと変化しはじめる。

「おまえ…。その姿…。」

 乱馬が口から吐き出し弾けさせたのは、縮小カプセルに入れていた開水壷で沸かした湯、そう、止水桶で固定化されていた女への変化を解く切り札の水だった。
 カプセル内に満ちた水は、瞬時に湯へと湧き上がる。そして、彼の姿もまた、みるみる元の男の姿に立ち戻っていった。
 
「くそう…。男だったとは!!」
 サジェはそう言ったまま絶句する。そして、己と乱馬を繋いでいた器具を外そうと足掻きはじめた。
「もう遅いぜっ!」
 乱馬は身体に巻きついた器具に向かって渾身の生気を発生させた。
 今の今まで少女の清々しい生気で溢れていたサジェの身体へ、男の猛々しい生気が流れ出してゆく。
「うわあああ…。要らぬ。男の生気など要らぬ。来るな、寄るな、触るなーっ!!」
 乱馬の猛気がサジェの身体を蝕み始めた。
「どうでいっ!俺の生気は。もっと良く味わえ。」
「ぐわあああああ。」
 サジェの悲鳴が響き渡る。彼にとって、少女の生気はエネルギー源でも、男の猛々しい生気は毒にしかならなかったのだ。いつしかサジェは床下を転げ回って苦しみ始めた。
「お、おのれえええっ!」
 力尽くで装置をはずしたサジェは、転げ回りながら、リモコンを押した。
 ビリビリと音がして、乱馬の目の前に電磁波のシールドが張られた。
「ちぇっ!小賢しい真似を。」
 乱馬は己の身体に巻きついていた装置を、外しながら吐き捨てた。
「これで、こちらへ入ってはこれまい。おまえは後でゆっくりと料理してやる。そこからワシがこの少女の生体エネルギーを取り込むところを黙って見ておれ。」
 と、サジェは憎々しげに言い放つ。ダメージを受けた身体をのろのろと引きずるようにして、あかねの背後へと回った。そして、あかねの装置から出ている管を身体へと繋いだ。
「こやつの生体エネルギーさえ取り込めば、力はすぐにでも…。」

「そう上手い具合にいくかな?」
 乱馬はにやりと笑った。
「ふん、頭の悪い奴め。周りの状況を呑み込めんようじゃな。見ろ。おまえには手出しできぬ筈じゃ…。その防壁は爆弾くらいではびくともせぬわ。」
「さあ、それはどうかな。状況を呑み込んでねえのは、じいさんの方じゃねえのか?」
 乱馬は余裕の笑みを浮かべた。
「何?」
「見な、おまえのすぐ傍を。」
「なっ…。」
 サジェは後ろを振り向いて目を剥いた。
 先にあかねに繋がっていたエレナスの様子がおかしい。
「エレナスっ!どうしたというのだ?」
 今の今まで、あかねの溢れんばかりのエネルギーに狂喜の声をあげていたエレナスは黙って虚空を睨んでいた。ビリビリと飽和状態のように身体から青白い電流のようなものが流れ出ている。
「欲張りすぎたんだよ。強大なあかねの生体エネルギーを吸い尽くすには、こいつの器は小さすぎたのさ。」
「何?これだけ吸われても、この少女はびくともしないというのか?」

「試してみるか?」

 乱馬は両手を胸の前で組んだ。そしてふんむっと踏ん張ると身体中の気を再び丹田へ集中させ始める。ゴゴゴゴと地面が唸りをあげ始めた。丹田に集まる気の光は、最高潮に達したのか、蒼白な美しい輪になって輝きを増した。

「レリーズ!(解放っ!)」

 その叫び声と共に、光の輪は弾け、乱馬の両手にはめられていた鉄のリストバンドが砕け散った。
「何が起こったというのだ?」
 サジェはその様子に狼狽を始める。乱馬の様子が尋常ではないことは誰の目にも明らかであったからだ。
「もう遅いぜ、じいさんよぅっ!封印のリストバンドを外して、超力(ちから)を解放したんだからな。」
 乱馬は残った蒼い気を右手の上で発光させていた。そしてそれを手先でピンと弾き飛ばした。
 蒼い気はサジェを目掛けて飛んだ。そしてサジェに届くと、彼のまわりにまとわり付いていた機械伝いに広がり始める。。
「しまった、念力かっ!」
 サジェはその蒼い気を見て咄嗟に叫んだ。蒼い気は機械の中に消えていった。
「うおおおっ!」
 サジェはあかねに繋がれたその機械の管を取り外そうと動いた。
 だが、あかねに繋がれた管はびくとも動かない。固まってしまったかのようにだ。
 彼は動こうとして焦った。だが焦れば焦るほど器具は身体に食い込んでゆく。まるで意思を持っているかの如くにだ。
「おまえ何を…。何をするつもりだ?」
 サジェは自由の利かなくなった身体から振り絞るように声を出した。
「ふん、知れたこと。あかねを陥れた落とし前はきっちりとつけさせて貰うのさ。」
 乱馬は不敵な笑みを浮かべた。ぎゅっと右拳を握り締め、気を高めてゆく。
「おのれーっ!!」
 サジェは赤い眼を血走らせながら逃れようと足掻く。

 ボンッ!

 乱馬の握った拳からまた一つ気柱が上がった。赤い炎のような気柱は、一気にあかねに向かって飛んで行く。

「あかね、おまえの本当の超力を、今こそこ見せてやれっ!」

 あかねを捕えていたカプセルは、乱馬の気柱を受けて粉々に壊れた。乱馬の解き放った赤い光は、あかねを丸ごと包み込んでゆく。あかねの身体がピクリと動いた。まるで乱馬の気に呼応するように。あかねの体の中に眠る「何か」も振動し始める。

「アウエークッ!(目覚めよっ!)」
 彼女の気の高まりを受けるように、乱馬はそう言い放った。
 その声と同時に、あかねの目がゆっくりと開き始める。ダークアイの瞳は、何かにとり憑かれたように淡く瞬き始める。そして開いた瞳は顔と共にサジェへと手向けられる。
 氷のように、貫き通してくる冷たい視線。
 戦慄がサジェの背中を走り抜けた。思わずぞくっと身震いをする。
「な、何だ?この威圧感は…。」
 サジェは恐怖に喘いだ。そして、後ろへと一歩下がった。
「もう遅いぜ…。じじい。」
「ひっ!」
 冷ややかな声がすぐ背後で響いた。さっきまでシールドの向こう側に居た乱馬がすぐそこに立っているではないか。
「おまえ、シールドは…。」
「んなもの、俺には役にたたねえさ。」
 彼の目もあかねに呼応するように妖しく漆黒に輝いている。

「おまえ…。一体、何者だ?」
 禁断の言葉を投げかける。
「訊かねえほうがいいかもしれねえぜ。」
 乱馬は冷たく言い放った。
 その向こう側で、あかねが氷の目を見開き、サジェを静かに見詰めていた。



つづく




サジェ…イメージは口ひげがある八宝斎です(笑
エロじじい。女の生体エネルギーに執着する化け物…かな?


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