◇漆黒の天使たち


 二、ハード・ミッション


 貨物船が一艘、小惑星群の中から抜きん出た。
 ボディーは白。鮮やかな赤色で「TENDO PLANET TRANSPORT」とペインティングされている。
「やっと小惑星の軌道を抜けたか…。」
 いつもの事ながら、小惑星群の中を航行するのは気を遣う。ちょっとでも気を抜けば、小惑星の欠片に衝突するからだ。そうなれば、厄介なことになる。 
 最新鋭のセンサーレーダーを積み込んでいても、その苦労は並大抵ではない。パイロット冥利に尽きるというものだ。
「たく…。何でこんなところに拠点を作ったのかしらね。お父さんたちは。」
 あかねも一緒に息を抜く。ずっとレーダーと睨めっこしていて相当気疲れしている様子だ。
「いや、拠点はあそこでいいんだ。でねえと、連邦軍の連中にもそれからゼナの連中にも嗅ぎ付けられるからな。この小惑星群まで突っ込んでくるのは、よっぽど命知らずか、凄腕か、馬鹿だ。」
 パイロットスーツを脱ぎながら乱馬が言った。
「まあそれはそうだけど…。」
「それより…。」
 乱馬はあかねを見やった。
「到着まで丸一日はかかるからな。今のうちにカプセルで休んでおけよ。」
「そうね…。」
 あかねもスーツを脱ぎ捨てる。
 二人とも「TENDO PLANET TRANSPORT」と書かれた作業着に着替える。
「乱馬はどうするの?一緒にカプセルに入る?」
 悪戯な瞳が問い掛けてきた。
「タコッ!任務中だぜ。それに、今の俺は男じゃねえしな…。」
「そんなこと関係ないと思うけど…。」
「あのなあ、俺は公私混同はしない主義だ。それに女同士で楽しむなんてバカもしねえの。」
 乱馬はツンとあかねの額を突付いた。
 機器の鏡面に映し出される乱馬は、男ではない。どこから見ても「女性」そのものだ。
「添い寝しねえと眠れねえのかよ…。」
 反対に意地悪そうに訊いて来る。
「そんなことはないわよ。」
「これからどんな無理難題に直面するかわからねえんだぜ。しっかり休養して体力は温存しておかねえとな。ほら、休むぜ。」
 乱馬はそう言うと、システムを「自動航行」へと切り替えた。目的地は木星の衛星「エウロバ」。

 宇宙艇は静かに航行を始める。
 有人飛行が始まって現在まで、随分システムは改善され、安全に惑星間を航行できるようにはなっていたが、まだ、ワープ運行技術は試用段階で、人類は太陽系内にその領域を留められていた。
 それぞれ、コクピットに付設されたカプセルへと身を投じ、身体を横たえた。
「おやすみ…。あかね。」
 乱馬はウィンクしてみせた。
「おやすみ。起きたらエウロバね。」
 あかねはにっこりとモニターに語りかけた。
「ちゃんと寝ろよ。じゃねえと、任務を遂行しとおす底力でねえからな。この先何が起こるかわかったもんじゃねえし。」
「乱馬もね。」

 互いにそう言うとモニターのスイッチを切る。
 静まった空間にエンジン音だけが心地良く響いてくる。
 毛布を引っ被ると、乱馬はゆっくりと寝返った。
「女の身体かあ・・面倒な任務だな。」
 舌打しながら与えられた任務を回想する。



 イオから帰った翌朝、言われたとおりおやっさんの所へ出向くと、次の指令が待っていたというわけだ。
「帰った早々悪いんだが、次はあかねと共にエウロバへ飛んでくれ。詳細はなびきから訊いてくれ。」
 おやっさん、もとい天道早雲はすまなさそうに乱馬に言った。
 彼の目は心なしか泳いでいた。何故か乱馬を凝視しないのだ。変にそわそわしている。
 と、ノックの音がして、女性が入って来た。
「はい、乱馬くん、次のミッションよ。」
 女性は開口一番乱馬に電子モニターを渡した。
「じゃあ、後はしっかりなびきから指令を受けてくれたまえ。私はこれで。」
 早雲はそそくさとそこを出て行った。
 渡された電子モニター。順繰りにそれに目を通しながら、乱馬は顔をしかめる。
「表向きは運送屋だからな…。」
 パタンと閉じる。
「不機嫌そうね。」
「そりゃあ、そうだ。」
 吐き捨てるように乱馬は言った。
「わざわざ女に変身しなきゃならねえんだからな。こっちは。」
「文句言わないの。ほら。」
 なびきはやおら水を彼に降り注いだ。
「ぶあっ!冷てーだろ。急にかけんなよ。」
 みるみる女性へと変化を遂げる乱馬。
「それから、こちもね。」
 もう一つ、ビンから被せられる別の水。
「だあっ!たく。かけるならちゃんと言えっ!ずぶ濡れだろがっ!!…たく。こいつは止水桶の水かよう…。念の入れようだなあ。」
「ふふ。詰までちゃんとしなきゃね。任務の途中でお湯かぶって元に戻ったらやばいでしょ?」
「ぐ…。何でわざわざ女に変身しなきゃなんねーんだよぅっ!面倒臭えっ!」
「ちゃんと指令書読んだらわかるでしょ…。相手は「バミューダ―の魔物」なんだから。」
「何がバミューダ―の魔物なんだよう。たく…。」
「仕方ないでしょう?ここんところずっと、タイタン星域で遭難事件が相次いでるんだから。まるで古代の地球のバミューダ―海域の遭難事故と同じように。いつも、食料用の家畜運送艇が忽然と…。」
「ああ、知ってる。その探査も兼ねてるのもわかるけどよ。何で女になんなきゃいけねえんだ?ええ?」
「あら、良いじゃない。任務にその特異体質生かせるんだから。」
 なびきはくすっと笑ったのに、乱馬は更にヘソを曲げる。
「あんなあ、他人事だと思って。俺だって好きでこんな体質になったんじゃねーぞ!たく…。呪泉郷たらいう地球の毒水の呪いのせいなんだからな!地球の泉が枯れてさえいなけりゃあ、すぐにだって男に戻りてえんだっ!!」
 今から遡ること、十年程前。まだ駆け出しのエージェントだった頃、己のドジから呪泉郷の毒水、娘溺泉の水をターゲットから浴びせられてしまい、以後、彼は水で変身を余儀なくされる特異体質へと変貌を遂げていた。
 さっき続いてかけられた「止水桶」の水は、変身を固定化する作用を持っている。そう、変身媒体である「湯」を浴びせられても男に戻らないようになるのである。
「男に戻ってあかねと正式に結婚したいってわけね。」
 なびきはふふっと含み笑う。
「おめえの知ったこっちゃねえだろうっ!!」
 あかねのことを言われると、途端、彼はムキになる。

 なびきの言ったことは半分は本当だった。この体質を治さねば、結婚という訳にもいくまい。あかね自身は気にしている様子はないのだが、彼のプライドが邪魔をするのである。
 それだけではない。この時代、人類は完璧でなければならなかった。変身体質を持つ人間の子供の遺伝子を残す訳にもいかないと彼自身思っていたのだ。
(ミュータント(突然変異)因子を持った子孫を残すのは真っ平御免だからな…。)

 この時代、男と女が身を寄せ合い共に暮らしながら生きてゆくことはあっても、直接子孫を残すことは稀に近かった。殆どの場合が「試験管」を通じて、生殖活動を行う。中には父親も母親も認識番号しか知らないケースも存在する。だが、ごく一部の人々はそれを嫌って、古代から綿々と続いてきた直接の接触で子孫を残そうとする。試験管を選ぶか否か選ぶかは個々の自由だが、受精は人工操作で行われた。つまり、男と女の営みは生殖とは切り離されてしまっていたのだ。
 出産は、予めカップルから採種された精子と卵子を試験管の中でかけ合わせて受精させ、それを試験管の中、もしくは母体へと戻してするのである。母体への安全感からか、殆どの場合は試験管だけで生殖は終わらせてしまう。それが常であった。
 何故そのような出産方法へ落ち着いたのか。それは「ミュータント」と呼ばれる負の人類の誕生をできるだけ阻止するためにとられた処置だった。
 稀に、ミュータントと呼ばれる「突然変異」が生まれることがある。連邦政府は何故かミュータントが生まれること好まなかった。
 多くの場合、試験管の中でチェックされ、ミュー因子を持つと結論づけられた個体は、研究の対象にされたり抹殺されたりするという。  いや、殆どの一般市民は、ミュータントの存在など知らないに等しかった。ミュー因子のことは連邦政府が管轄しているため、高度の軍事機密でもあった。
 連邦政府が最も忌むべき存在の「ゼナ」は一説にはハルが作り出したミュータントの集団だとも言われている。いや、言われているのではなく、事実そうなのであるが、これは連邦機密として保護され、一切は謎に包まれているのだ。
 わかっているのはその中心に「ハル」という魔物が居るということ。彼の意思でミュー因子を持つ人間は次々ミュータント戦士へと変えられてゆく。そう、ハルの意思で動くミュータントの暗黒戦士としてだ。
 ミュータントにはミュータントを戦わせればよい…連邦政府はいつしか方針を変え、生まれて来る子供を抹殺するだけではなく、巧みに管理し、対ハルの気鋭として育てることを考え始めていた。そのため、ここ数十年来、肉体と肉体の関係を結んで子供を成すことはタブーとして扱われている。
 この宇宙開発時代に於いて「結婚」とは男と女が共に有り、そして子孫を残すという究極の恋愛体系でもあった。が、その裏側は子供の出産を操作する超管理社会になっていたのである。
 人類が宇宙に出てからというもの、各人種間の混血は著しかった。乱馬やこの天道運送会社の人々のように、純血種の人種は稀有に近かった。ここの連中は「アジアン」と呼ばれる黄色人種系で、ダークヘアーとダークアイを持つ。そして、乱馬もあかねもアジアンの中でも純血種に近い「ジャパニーズ」であった。地球の北半球に浮かぶ、小さな島を根城とした民族集団。「サムライ」とも呼ばれていた種族の数少ない末裔である。
 天道運送会社の人々が何故そうまでして純血にこだわるのかはさておき、乱馬とあかねはその中でも選ばれたカップリングであることも周知の事実であった。
 天道運送会社の表向きの社長、天道早雲の末娘、あかね。そして彼の友人の息子の乱馬。
 二人は幼少時に親同士に決められたマッチングあった。
 勿論、当人たちは最初は猛烈に反発をしていたのであるが、紆余曲折の末、今では、互いにその存在を認め合い、不器用ながら愛し合っている。そんな関係であった。
 障害さえなければ、本当はいつでも「結婚」したかった。



(呪泉の毒水だけじゃねえ…。あいつにも俺にもあの忌まわしい超力が宿っている…。その超力の謎を解くまでは結婚はできねえ。)
 ふっと深い溜息を吐いた。



 話を元に戻そう。


「あら…。でも、昨夜だって、元気だったじゃない。二人してさあ…。」
 なびきは溜息を吐いた乱馬をやんわりと責める。
「おめえ…。覗き見でもしてやがったのか?」
 乱馬は真っ赤になりながらなびきを見上げた。こいつならやりかねないと思ったからだ。
「誰だってわかるわよ…。あんたのその首筋のキスマークを見ればね。」
「い゛っ!」
 乱馬は思わず首に手を当てた。
「嘘よ。ホントにわかりやすいんだから、あんたたちは。ふふふ。」
 なびきは声を上げて笑った。
「こんのっ!かまかけやがったなっ!」
 からかわれたと知って再び怒鳴る乱馬。
「任務の時間よ。早乙女乱馬。天道あかねとともにダークホースにて出航し、「バミューダ―の魔物」を壊滅させてくること。」
 びしっと背筋を伸ばしてなびきが言った。
「了解。早乙女乱馬、任務に就きます。」
 敬礼しながら乱馬はまだ腹立たしいという目でなびきを鋭く見返した。


 つい半日も前の出来事を思い出しながら乱馬は苦笑いした。
「ま、女にわざわざ変身させられるんだ。かなり無理難題な任務になるには違いねえ…。」
 電子モニターに入っていた任務の詳細を思い出しながら、彼は静かに目を瞑った。

 宇宙艇はひたすらに暗黒の空間を目的地に向かって飛んだ。
 見てくれはただの運送会社の船だ。だが、一皮向けば、最新鋭の機器が搭載された戦闘機にもなりうる特種船体だった。勿論、素人目にはカムフラージュされていてわからない。
 実は、天道運送会社とは隠れ蓑に過ぎない。本当は「イーストエデン」の秘密基地のひとつであった。連邦幹部ですら、知り得ない、特殊部隊。
 テロや対革命組織への対策に作られたと言われて居るが、実態は闇の中。関わる人間だけしかその本当の任務を知らない。乱馬もあかねも常に危険の中に身を投じる「イーストエデン」の若きエージェント、それが本当の姿なのである。

 なびきの言い渡した指令。
 まずは木星星域にある衛星エウロバへ飛ぶ。
 エウロバは木星星域では一番豊かな衛星である。この前の乱馬の任務地、イオとはそう離れていない。
 木星には大小約二十個の衛星があるが、その中で一番最初に人類の手が入ったのがこのエウロバである。直径が約三千キロメートルと開発に一番手頃な大きさであったのが発展の一番の要員である。
 エウロバから始まった木星域開拓は、ガニメテ、カリスト、ヒマリアと続き、現在、イオが集中的に開発されているのだ。
 木星自体は取り巻く大気にガスが渦巻くガス状惑星のために、開発の手は入っては居ない。人工気象装置を置くには大きすぎるために、大気調整もままならないのである。観測基地が数個あるだけの荒れた惑星であった。
 エウロバには大きな農園が多い。土壌は人間の手によって、農業に適した土地へと開拓されていった。今ではこの星域だけではなく、土星あたりまでの食料を担えるだけの産物が生産されている。
 農産物だけではなく、エウロバには家畜も多いいや、エウロバに限らず、木星星域の衛星は概ね、農産物が豊かに栽培される農業の衛星が多いのである。工業の衛星はヒマリアとカリストだけである。
 この星域では豚や牛といった食肉用の動物が飼育されていて、太陽系内に運び出されているのだ。
 だが、昨今、この星域から運び出された運搬船が数多く土星星域で消息を絶っているという噂が広がりはじめた。それも忽然と消えるというのだ。
 運送業者はその星域を「バミューダ―星域」と呼び習わし、「魔女」が家畜を欲しがると囁きあった。自然、バミューダー星域を飛びたがる宇宙艇は少なくなる。
 乱馬がこの前持ち帰ったイオからのデータ―には、その辺りのことが鮮明に浮かび上がるものがあったようだ。解析にあたったなびきが、乱馬の電子モニターへデータ―を転送してくれていた。
『木星星域から運び出される家畜を大量に乗せた、宇宙艇が乗組員と消える。何の信号も残さずに。そして、共通しているのは、乗組員が必ず女性が含まれている場合が殆ど。』というなんとも解し難いデータ―であった。この任務に女性変身を言いつけられたのも、このデータ―からの弾き出しに違いないだろう。
 エウロバにて食用の家畜を積み込み、次は土星星域のディオーネに飛ぶ。
 それが彼らに課せられた任務の筋書きである。ディオーネが現在、バミューダ―星域に一番近くの周期にあるためだ。おそらくターゲットはその周辺から現れるに違いない。
 実のところ、なびきたちは乱馬が持ち帰ったイオの連邦データ―チップから、それとなく情報を掴んでいたようだ。
「案外、タイタン領事の連邦幹部に、ゼナに通じている裏切り者が居るのかもよ。」
 出掛けになびきはそんな意味深な言葉を乱馬に飛ばしていた。なびきがこう言うのだから未確認だが確かだろうと乱馬は思った。
「ま、ここから先はあんたたちが調べて動くことだけどね。」
 とウィンクした。後で更に分析したデータ―を送るから解析しろという合図だ。
「ダークエンジェルが飛び出さないように祈っておくわ。」
「そうあって欲しいものだな。」
「魔物の正体如何ではそうも言ってられないのでしょうけれど…。」
 
 そうだ、「バミューダ―の魔物」の正体如何では、またあの超能力を使わねばなるまい。
 
(それが俺たちの運命なら仕方があるまいがな…。)
 乱馬は静かにカプセルで息を吐き出した。
(ごたごた考えていても仕方ねえか。ここいらで睡眠に入っておかなきゃな。)
 それから軽く欠伸をすると、静かに目を閉じた。



つづく




第一目的地・木星衛星…エウロバ
最初の木星開拓地。この時代は豊かな農耕と酪農中心の衛星として栄えていた。


説明臭いのはSFの専売特許かもしれません。
この元ネタは高校生の頃に考えていたものなので古いです…かなり。
私自身は「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」、「火の鳥」、「地球へ」の連載コミックをオンタイムで読みながら妄想を膨らませた世代でもあります…。SFも大好きでした。手塚作品を貪り読んだ時期もあります。日本的SF作品も好きで、小松左京、筒井康隆などの和製作家にはまっていた時期もあります。青春時代に受けた影響が垣間見えるかと思います。
叩けば出てくる埃たち。久々にその埃を使ってした創作でもあります。

本当に、このパラレルの二人を受け入れて貰えるかどうか、未だに自信がなく。
こんなん乱あじゃないや〜い…と言われればそれまでです(苦笑


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