◇ダークエンジェル2  漆黒の天使たち


 二十一世紀末。宇宙開発に手を染めた人類は、こぞって宇宙空間へと出て行った。
 そして時が流れ人々は太陽系をほぼ手中に収めた。
 だが人類の愚かさは有史以前と変わりはなく、人々は事あるごとに徒党を組み、争いを繰り返してきた。宇宙時代になった今もそれには変わりがない。
 果てること無き民族間の争いごとに飽きた人々は、二十四世紀始め、地球連邦という組織を作った。各惑星の代表者が集い、太陽系の安定と発達を願ってのことだ。だが、その組織から漏れた少数派の人々は地球連邦を追われて太陽系の外郭へと出て行った。
 太陽系の十番目の惑星セレナ。全て謎に包まれた超惑星。そこを根城に、連邦政府に揺さぶりをかける「革命軍」。その指導者を「ハル」と言った。
 ハルは惑星セレナを拠点に謎の組織「ゼナ」を作った。
 地球連邦政府は巨大コンピューターマザーが人類を管理していた。連邦政府は超人類の誕生を嫌い、ミューと呼ばれる特殊な超能力者を排除してきた。ハルは地球連邦から弾かれたミューたちを甘い言葉で誘い、ゼナの強大化を図って来た。
 ゼナにまん延するのは、謎の暗黒エネルギー。邪悪な意思の塊でもある「ハル」の野望は、超人類ミューによる地球制服、そして人類制服。そのものにあると言われている。
 惑星セレナを軸に暗躍するゼナのことは第一級の連邦機密として扱われた。
 二十四世紀後半。連邦政府は超機密特殊部隊を組織し、ゼナと渡りあっていた。「イーストエデン」と呼ばれている彼らは、対テロ組織の特殊部隊という表向きの看板を掲げるが、実はハルへの対抗のための機密部隊であった。
 イーストエデンに属するエージェントたちは、連邦政府が忌み嫌う「ミュー」の超力を有する者が数多いた。マザーはミューを排除することより、人類を管理下に置き対ゼナへの前衛として使うことを模索しはじめたのだ。
 マザーの思惑とハルの思惑に翻弄されながら、運命に挑むイーストエデンのエージェントたち。
 その中に「ダークエンジェル」と呼ばれる敏腕エージェントが居た。
 
 
 
 

一、ダークアイの娘

 木星の衛星イオから、一艘の宇宙艇が吐き出された。「TENDO PLANET TRANSPORT」と認(したた)められているボディー。どこから見ても一般の運送用の貨物艇であった。宇宙艇は木星の軌道を脱すると、すぐ傍に広がる小惑星群の中へと吸い込まれてゆく。
 木星と火星の軌道の間には小惑星が跨る空間があった。太陽系ができる過程の中で、惑星に成りそびれた天体の欠片が、宇宙空間に横たわっているのだ。 
 宇宙艇はその一つへと滑らかにボディーを滑らせていった。

「二バンゲート・ロックカイジョ。ダークホース、キカン!ダークホース、キカン!」
 場内を機械のアナウンスががなりたてる。
 キキキ−ゴゴゴーっとエンジン音が唸り、すいっとプラットホームへと降り立った宇宙艇。
 プシュ―ッと空気圧力が漏れる音がして、ドアが開く。
「セイビハン、シュウゴウセヨ。ダークホース ノ セイビ テンケン ニ ハイレ。」
 層内が俄かに騒がしくなった。
 ロボットたちがかしましく動く横を通り抜けて、一人の青年が開いたドアから出てきた。
「相変らず殺風景な所だな…。」
 むさ苦しそうにそう言い放つと何気に隣のホームを見た。同じくらいの宇宙艇が一艘、横付けされている。やはり「TENDO PLANET TRANSPORT」と船隊に赤い文字。
「ちぇっ!先に帰ってやがったか。」
 青年は吐き出すとにやっと笑った。彼の名は早乙女乱馬。ここの「運送会社」のパイロットというのが表面上の立場だった。勿論、運送会社などではない。そして彼もただのパイロットではないのは、見た目にも明らかである。身体は見事なくらい肉体美に溢れている。無駄のない均整の取れた身体。そして鋭い目。背中には運送業とは無縁の筈の銃火器を担ぎ上げている。その只者ではない風体に不釣合いな頭のバンダナに結えてある少女の人形。ふっと彼の雰囲気を和ませていた。
 青年は銃火器をどっかと下ろすと、カンカンと金属の階段を登ってゆく。
「お帰り。乱馬くん。上でおやっさんが呼んでいるよ。体内チェックが終わったら上がってくれ。」
 眼鏡を掛けた好青年が上から声をかけた。
「了解っ!」
 青年はそう告げると、体内チェックのためのドック機械へ身を投じた。青や赤の光の中をゆっくりと歩いてゆく。その間に血液、筋力、骨格、内臓のチェックが行われるというシステムだった。
「オールグリーン!異常無し。」
「サンキュー、東風先生。で…。あのさあ。」
 口ごもる彼の表情を東風は覗き込んで笑いながら言った。
「彼女なら元気だよ。元気過ぎて、任務からの帰還途中で小惑星を一つぶっ飛ばして来たなんて言ってたなあ。」
「やっぱり。」
 乱馬は帰還途中で、行きにはなかった砕かれた小惑星の屑が漂っていたのを思い出した。
「何でもいきなり前に飛び出してきたって、ビーム砲で。」
「いきなり飛び出してくるもんじゃねえだろうに…。小惑星は。迂回するのが面倒だったんだな…。」
「そうとも言えるかもね。あれは相当なもんだよ。」
「あはは…。ということはかなりコレもんだな。」
 乱馬は両手の人差し指で鬼の角を作って見せた。
「ま、鼻息だけは荒かったがね。君も大変だな…。」
 東風は穏やかに笑っている。
「キスの一つでご機嫌が回復するんじゃないのかなあ…。」
「無責任なこたあ言わねえでくれよ、先生っ!」
 顔が真っ赤になる。自分もそうかと思ったことに反応したのだ。
「あはは。わかりやすいな。相変らず君たちは。さてと、冗談はさておき、おやっさんとこへ上がりなよ。首を長くして待ってるよ。」
「そうだな。休む前に行ってくるか。」
 そう言ってドアを抜けた。再び階段を上がって上に出る。金属音がトントンと後から響く。

 軽くノックをすると中から声が聞こえた。
「乱馬くんかい?お入り。」
 と、髭面の男性がにこやかに彼を迎え入れた。ここの主、いや隊長の天道早雲だ。
「疲れているところすまないね。」
「いえ、報告も義務ですから。」
「で、どうだった?」
「おやっさんが言ってた容疑者は居ませんでした。奴等本当に下っ端だったようで…。」
「ふむ…。で、作戦は?」
「勿論、連邦側に怪我人は出ませんでした。完遂まで約半時間。砲弾二発でボロボロでしたよ。」
「いつもに増して鮮やかだったようだな。木星星域の連邦軍司令部より連絡は受けた。絵に書いたような作戦遂行ご苦労さまとな。たく、連中かなりカリカリしてたようだな。わっはっは。」
 おやっさんは笑った。
「で、ブツを持って帰って来たか?」
「ええ、これでしょ?」
 ズボンのポケットから何かを出した。
「マイクロチップデコーダー。データ―を盗って来たか?」
「ええ、言われたとおりにね。よもや連邦軍の連中もこっちでデータ―を掠め取ったとは思わんでしょう。おやっさんの思うようなデータ―が集積されていたらいいんですけどね。」
「ま、それはなびきたちに任せるとして。ご苦労だった。」
 ぴっと背筋が伸びて敬礼をしあう。任務終了の合図だった。
「後はゆっくり休みたまえ。目覚めたらデーター解析の結果が出ているだろう。結果如何ではもう一働きして貰わねばならんからな。」
「あ、はい。」
「それから…。あかねにはもう会ったかね?」
「いいえ…。まだ。」
「そうか…。ならいい。」
「おやっさん?」
「父親の私が言うのも何だが、かなりお冠だったようだから。」
「はあ…。そうですか。」
 思わず漏れる溜息。
「君も大変だな…。許婚を押し付けた側から言い出しにくいが…。」
「いえ…。いいんです。慣れてますから。」
「そう言ってもらえると親としても安心だよ。じゃあ、シャワーでも浴びて睡眠カプセルに入りたまえ。明朝地球標準時の朝八時に目覚めたらここへ来るように。」
「はい、わかりましたっ!」
 乱馬は再び軽く敬礼すると、司令室を出た。

 シャワールームへ入るとまずは身体に染み付いた硝煙の匂いを消す。
「あかねの奴、先に使ってたか。」
 排水溝に数本残る短めの女性の髪の毛を見ながらふっと溜息を吐く。
 いつもの彼女なら、彼が帰還をするのを待ち構えて文句を羅列しに来る筈なのに、今日は至って物静かだ。なしの礫である。返って不気味だった。
「相当怒ってるか…やっぱ。」
 身体の汚れをこそぎ落としながら彼はふつと呟く。
 シャワーを浴びてしまうと、ズボンだけはき、上半身をバスタオルでしごきながら水分を落とす。逞しい肉体から滴り落ちる水。ほんのりとシャボンの香り。
 すっかり汗を流した後で足早に己の睡眠カプセルへと足を向ける。任務が完遂すると僅かだが休息時間が貰える。宇宙空間に出るのは結構ストレスが溜まるものだ。
 ここはこの基地の居住区だ。さまざまな部屋の主のプレートが並ぶ。その中の一つにあかねのカプセルもある。
 ちょっと立ち止まってみた。扉の明り取り窓からは光が漏れていない。おそらく、先に休んでいるのだろう。
「ちぇっ!怒ってすねたまま疲れて寝ちまったか…。」
 と溜息を吐く。灯りがついていたらノックしてみようと思っていたが、辞めた。只でさえ機嫌が悪いのだ。睡眠を邪魔などしたらどうなるか。想像しただけで恐ろしい。
「ご機嫌取りは明日の朝だな…。うん。」
 そう自分に言い聞かせるとあかねの部屋を通り抜けた。
 その隣りにある自室。
 
 カプセルのドアを開けるとどっかと身体を投げ出す。五メートル四方くらいのこの小さな空間が、彼の今の占有空間である。
 手探りでルームライトを点け、軽く溜息を吐き出すと、手枕で上を見上げた。遥か天上に宇宙空間が見える。天上はパノラマスクリーン。小惑星の欠片の向こうに、母なる太陽が遥かに黄色く光っているのが見えた。
 手にしていた人形をそっと持ち出した。そいつをぎゅっと見詰めてみる。
「たく…。おまえは相変らず怒りっぽいんだなあ…。」
 ふっと寄せる唇にあかね人形が笑ったように見えた。

「誰が怒りっぽいですって?」

 すぐ横で声がした。
「な…?」
 がばっと起き上がる。
「たく…。黙って聞いてたら…。あんたって男はっ!」
 マットの陰から睨み付けてくる瞳にぶつかった。まだどことなく少女の面影を残したダークアイの娘だ。
「あ、か、ね…。」
 区切りながら言った言葉はすぐに遮られた。
「あたし怒ってるんですからねっ!!あれほどいつも仕事は一緒だって言ってるくせに、何よっ!何でさっさと一人でイオまで行ったのよっ!」
「おめえ、潜んでたのか?」
 大口をあんぐりと開ける。
「何よ。悪い?」
 鼻息を荒げて睨みつけてくる。
「仕方ねえだろ?地球連邦政府の急な要請だったんだから。俺を名指しての。」
「何が名指してのよっ!あんた、ダークエンジェルって…。そもそもは!」
「るせー。おめえにはもう一個の予定していた任務を履行する義務ってものもあんだろがっ!そっちすっぽかす訳にゃいかなかったんだっ!」
「いいじゃないの、二人で片付ければもっと簡単にいったわよ。腹立ったから、あたし、小惑星ぶっ飛ばしてきたわ。」
「おめえな…。ぶっ飛ばすって…。」
「知らないわよ。あたし一人で行ったんだから。どうにでもしていいってお父さんにも言われたから爆弾仕込んで飛ばしてきたわ!」
「…おめえなあ。何もそこまでしなくったって…。」
 呆れ顔の乱馬にあかねはぷいっと横を向いた。
「俺はなあ、ちゃんとおめえを連れてったんだぜ。」
「はっ!あたしを象った人形じゃないのっ!かすみお姉ちゃんが作った!」
「いいじゃんかよ。あかねはあかねだ。そくりだし…。この目元なんか。」
「あのねえ、人形よりも生身のあたしを連れて行きなさいよっ!何言い訳してんのよっ!」
「連れて行けねえときは人形をって約束してたろ?え?で、おめえはどうだったんだよ?俺の人形…。」
「連れてったげたわよっ!悔しいからぼこぼこに殴ったわよ。」
「おめえなあ…。その言い方可愛くねえな…。俺はちゃんと頭に結わいつけて行ったってーのによ。おめえはぼこぼこにしたのかあっ?俺の身に何かあったらどうしてくれるんだよ。ええ?」
 ブウ垂れてにじり寄る。
「あんたなら平気よ。不死身だし。」
「あのなあ…。そういう問題じゃねえだろがっ!たく…。もう少し可愛い女になれねえのかあ…。おまえはっ!」
 そう言い切るとどっかと床に沈んだ。床は適度なマットレスになっている。ここで睡眠を取るのだから当たり前のことではある。
「可愛くなりたいって思わせるような男になんなさいよっ!」
 上からすねた顔が覗き込む。
「言ったな。」
 じろりと片目を瞑り見上げる。
「言ったわよっ!」
「じゃあ、おあいこだな。」
 ぷっと彼は噴出した。悪戯な瞳で。
「何よっ!そのおあいこって…。どういう論理なの…。」
 言いかけて途中で止まった。いや、止められた。熱い唇で。
「ん…。」
 それからぐっとあかねを引き寄せると、ここぞとばかり貪るように重ねてくる唇。
 彼の腕はあかねより数段力強い。それに絡まれたら最後、どう足掻いても抜けることはできなかった。半分身を起こしたままという中途半端な体制にも拘わらず、あかねを抱きとめる腹筋と背筋の強さ。
 
「ずるいよっ!」
 やっとのことで離れた唇で抗議。心なしか息があがっている。
「ダメッ!喧嘩売ってきたのはそっちだろ?ご機嫌斜めなお姫さまをなだめるには、古来この方法しかねえだろうが・・。」
「助平っ!」
「何とでも言えっ!」
 そう言いながら覆い被さる逞しい腕や身体に、あかねは翻弄されてゆく。自業自得とはこのことかもしれない。単に文句の一つを言いに来ただけなのにである。
「俺疲れてるんだから…。」
「説得力ないわよっ!疲れてる人が、こんなことするの?」
 ぎゅっと彼に掴まれた手を引き離そうと必死だ。だが、彼の手は容赦なくあかねを己に近づける。逃がさないと言いたげに。
「いいの…。あかねの傍で今夜は惰眠を貪る。そう決めた…。」
 にっと笑ってそう言うと、もう片方の手を伸ばして枕元にあるルームライトの電源を切った。
 その袂にはあかね人形と乱馬人形が仲良く並べられていた。
「朝まで放してやんねーからな。」


 甘い吐息の向こう側に広がるのは二人きりの柔らかな宇宙。



つづく




一之瀬的戯言
 原作とは違って二十才以上の二人を想定して書き出しておりますので、描写が群を抜いてハードかもしれませんが、ご了承くださいませ。
 この後、二人がどうなったかは適当に想像してお楽しみください。これ以上はNGとなりますので書けません(笑

 さて、この作品の元は私の頭に残っていた高校時代に考えたストーリープロットからの焼き直しです。そのために、らんまキャラを使用していますが、性格も性質も設定も全く別物であることをご理解の上、今後もおつきあいくださいませ。
 以下、出てくる惑星や衛星の名前などは、殆ど実在します。また参考書をひっくり返しながら適当に妄想の世界観を広げていきました。何分、専門知識はゼロに近いので、「嘘こけっ!」と思われる部分も多数露呈していると思いますが、フィクションということでお許しくださいませ。



参考書…「理科年表2000年版」(国立天文台編)

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