◇DARK ANGEL 3.5 
    インテルメッゾ〜癒しの時間(乱馬編)




 任務から帰って来ると、まず、エージェントたちは東風先生の医療センターへと足を運ぶ。
 宇宙には得体の知れない雑菌がうようよと渦巻いている。入念にチェックしないと生体の危機に陥ることがあるというのが一般論だからだ。
 これはどんな任務に就こうとも決められたこと。
 東風先生は凄腕の医者だった。
 生体整骨から、内科診療、果ては外科までをこなす名医。彼の傍らに寄り添うのは骨格派のベッティーさん。骨格派といえば聞こえがいいが、これまた気味の悪い骨格標本。本人弁によると「本物の肉体から取り出したレア物」だそうだ。それも女性だってんだから良くわからねえ。
 眼鏡がすうっと光って、その向こう側にベッティーさんがにっと笑っていたら、ちょっと嫌だ。
 ここへ来た当初は、幾多の修羅場を潜り抜けた俺ですら不気味に思えたもんだ。
 それが証拠に、ナオム(新入り)がやっぱり不気味がってる。
 このナオムという小僧、こいつは本当に食えないガキだった。ちょっと得体の知れないところがある。
 いや、俺の本能がそう警戒を呼び起こすんだが、彼が東風先生の前で診察を受けるときだけはただのガキに戻るのが小気味いい。
 まあ、昔から医者が好きなガキはいねえな。
 俺だって出来れば御免蒙りたいもんな。
 でも、今回はたっぷりと東風先生の元に世話になることになっちまった。

 畜生っ!俺としたことが。
 全部あのガキが悪いんだ。

 グリーンメイズ号から帰還した途端、俺たちのクルーに割り込んできた新人の源ナオム。
 年の頃はどう見繕っても十代前半。ローティーンすれすれといったところだ。勿論まだ、声変わりもしていない。ショタ丸出しの子供だった。
 ただ、回されてきた身上書は年齢があらわされている筈の「AGE」の部分が「UNKNOWN」と記されているらしい。
「実年齢は本人にもわからないみたいね…。ちょっとミステリアスボーイだわよ。」
 と意味深になびきが笑いやがった。
 「UNKNOWN」確かに不気味な記載だ。
 だが、宇宙は広い。こういう戸籍がないわけではないのだ。例えばそいつが誰かのクローンだった場合。クローン人間というのは禁断の技術であった。勿論、この世紀には当たり前に有効な子孫育英の技術となってはいたが、宗教上や倫理上の規定から、一応「禁忌」となっていた。

(いや、あいつがクローン人間だってえのは、ありえるかもしれねえな…。)
 というのが俺の中での結論だ。
 そうだ、確か俺と対峙した時に、藤原晃の奴が言ってたじゃねえか。グリーンメイズ号に乗っていたのは連邦政府の要人の細胞から作り出されたクローン人間の子供たちだって。
「要人たちの生命を永らえるために、臓器を採られるために育てられた生命体。」そんなことを奴は確かに言っていた。
 クローン人間は、赤ん坊から育てられるタイプと、ごく短期間にカプセルで育てられるタイプと二通り存在する。前者は殆どカプセルベイビーと変わりはないが、後者は違う。見てくれの年齢イコール、実年齢とはなり得ないのだ。また、クローン化した奴の中には、生み出されてから死ぬまで同じ細胞形態のままの奴もいるらしい。つまり、成長もなければ老化もない。ただ、あるときふっと寿命が来て一生を終わるというパターン。
(案外、こいつがこまっしゃくれているのは、内包されてるクローン細胞のせいかもしれねえな。それもクローンの母体になった奴の遺伝子が思いっきりねじれ込んだ奴で…。)

 俺は不機嫌な目を奴に向けていた。

 大人気ないと言うなかれ。
 ここの奴らにガキの世話を押し付けられてからの俺は、あかねと一緒に居る時間がめっきりと減っちまったんだぜっ!!
 これは忌々(ゆゆ)しき問題だ。
 ただでさえ、あかねは、大きな闇を抱えてるんだ。側に居て少しでも癒してやりたいじゃねえか…。というか、俺だって癒されたい!
 なのに、なのにである。ガキの世話係を仰せつかって以来、こいつがまた、コバンザメのように俺たちに付きまといやがる。
 暫くは見習いで三人で行動ってなメニューを組まれたものだから、宇宙(そら)を飛んでいても、帰還しても、始終行動パターンが一緒っていうわけ。今まではあかねと二人一組で飛んでいた仕事も三人。二人で受けていた非番訓練も三人。おまけに居住区も俺の部屋の隣に宛がわれたもんだから、あかねの寝床へも俺の寝床へも二人一緒にもぐりこめないっていうわけ。
 つまり、「癒しの時間」が全然持てねえということだ。
 子連れクルーじゃねえっつーの!それに、プライベイトタイムくれえ、あかねと過ごしてえっ!

 おかげで俺はすっかり欲求不満。

「乱馬君、このごろカリカリしてるわねえ…。東風先生の問診でも受けてみる?」
 となびきがくくくと笑う。
「あんまりイライラを溜めてると、宇宙空間で判断間違えて致命傷に至るかもよ。」
 だとよ。だったら、俺の癒しの時間を返せ、コン畜生っ!てめえがナオムのメニュー組んでるんだろうが。
 おかげで俺の下半身はたまるたまる。何かって?そりゃあその、あれだあれっ!一人で寝るのも本当に辛いんだぜ。俺の相棒はそりゃあ、とっても元気はつらつとしてやがる。哀しきかな、健康な二十歳の青年の俺。
 そろそろ鼻血でもどわどわっと出てくるんじゃねえかと思うくらい、たぎってて…。はあ、お子様と一緒というのは辛いぜ。

「僕に気を遣わなくってもいいよ。乱馬さん。」
 おまけにあのガキ、わかってるのかどうなのか、そういう生意気なことまで耳元で言いやがる。
 あのなっ!気を遣わなくってもと言ってもなあ、あかねが気にしてるんだから仕方ねえだろうがっ!
「あかねさんとは深いところまで関係してるんだろ?先輩。」
 なんてことを平然と耳元でこっそり言いやがるんだ。
「やっぱり、思春期に差し掛かった青少年には悪影響は与えられないわ。ましてや今は同じグループのクルーですものね。彼の研修期間が終わるまで、お互い我慢っていうことにしておきましょうよ。」
 とあっけらかんと宣言。はあ…。あいつは生真面目だからなあ。俺は渋々承知させられちまったわけ。
 俺たちがダークエンジェルの超力を持ってることは、一応、機密事項だったから、研修中とはいえ、彼との任務の中では今のところ、明かせない。それに、ここのところの任務はごく通常で、超力(ちから)を必要とする修羅場にはならなかった。本当に助かっていたのはそれだけだぜ。もし、こんな欲求不満の最中にダークエンジェルの力を覚醒させちまったら、俺、暴走してあかねを戻す力をもコントロールできなかったかもしれねえ。…マジで。
 ダークエンジェルの超力を使うのは、それは想像を絶するほど強靭な精神力が必要なんだ。誰彼もが使える超力じゃねえ。
 そんな状態だったから、変な緊張感が俺を襲い、奴との共同クルーをひと月も続けた頃、精神が悲鳴を上げちまった。…情けねえ。

 その日は朝から目が爛々。身体はやけに熱っぽい。
 見るからに「不調が服来て歩いている状態」だったらしい。
「今朝のあんた、変よ。」
 鈍感なあかねですらそう言ったほどだ。
「東風先生のところに送り込みね。宇宙風邪でもひいたんじゃないの?」

 みんなの好奇心が俺に向く。
 まあ、元気の塊みたいな俺だったから、不調をきたすなんて不思議で仕方がなかったんだろうな。
 頭は重いし食欲はねえ。疲労減退といった倦怠感が身体を包む。
 ちょっとしたストレスからのウツって奴かもしれなかった。まあ、頭痛いし、食欲ないし…念のため医療センター送りになった。

「はあい、乱馬君、いらっしゃい。」
 あの独特な時代遅れの眼鏡が俺を明るくお出迎え。
 ここだけの話だが、この時代、眼鏡野郎っつーのは珍しくなってるんだ。色付きのグラサンならまだしも、度の入った眼鏡をかけてる奴は殆ど居ない。コンタクトレンズを埋め込んでるのが殆どだから。まあ、それでもなお、眼鏡をつけている奴もいる。一種のお洒落というか、自己主張みてえなものかもしれねえ。伊達眼鏡って奴も中には居るかもな。
 そういや、この前やりあったあのいけ好かないあかねの最初のパートナー、藤原晃も眼鏡男だったか。まんまとあかねの腕の中で絶命しやがってっ!思い出すのも胸糞悪い。これもストレスのせいかあ?
 東風先生の眼鏡は真ん丸い。これまた、いつの時代の流行だと思わせるくらい古いものだ。
『この眼鏡は僕のお爺さんのそのまたお爺さんの…もう気が遠くなるくらい前から伝わってる家宝みたいなものだから。』
 と冗談だか本当だかわからないようなことを前に言っていた。
 まあ、とにかく俺は、身体の訴えた非常信号を、東風先生に診察してもらいに来た。この医療センターへ。
 メディカル機械に通されて一応、血流から胃腸から全部透過される。何だか自分が丸裸にされちまっているような妙ちくりんな感じだな。それから唾液を取って感染症を調べる。細菌が居ないかどうかを見るんだ。
 一通り、診察に必要なデーターをこうやって機械メディカルで集める。それがこの時代のやり方。それから、対しながら処置法を決めるのだ。
 丸い椅子にどっかと座って東風先生の顔を拝む。目の前には俺のデーターが機械と共に打ち出されてくる。それを眼鏡越しに見ながら先生は俺に言った。
「二日ほど、入院すれば治るかな。」
 落ち着き払って言う。
「にゅ、入院っすか?」
 恐る恐る俺はきびすを返した。実のところは、薬をいくつか処方してもらって終わりだと思っていたから意外だった。
「何か悪い細菌感染でも…。」
「いや、そういう訳じゃあないんだけどね。…ちょっとストレス溜め込みすぎてるだろう?乱馬君。」
 にこやかな顔がこちらに手向けられる。
「あ、はあ…。まあ、思い当たり節もあるにはあるけど…。」
 思い浮かんだのはストレスの大元、小生意気なガキの顔。
「だからね、入院するのが一番かとね…。たまには、ここの任務の事なんか忘れて、ぼけっとするのもいいんじゃないのかな。」
 東風先生は柔らかく笑った。
 先生がそう言うなら入院もいいかもしれねえ。
「じゃあ、医療病棟行きね。」
 グイーンと機械がうなる音がした。
 そう、ボタン一つでベッドから流される。行き着く先は医療病棟の白い空間。

 白というのは癒しの超力があると誰かが言っていたが、そこへ流れ着く。天井はガラス張りのモニターになっていて、画面いっぱいに宇宙空間の星々の姿が映し出される。空気のない空間では星は瞬かないが、ここは画像処理がなされていて、本来は輝かない星が美しく光るのだ。
 宇宙を飛ぶ俺たちみたいな種族(にんげん)は、こうやって宇宙(そら)の映像を見せられるだけでも癒されるのだそうだ。偉大なる宇宙空間の中に漂っているようなそんな錯覚すら覚える。星の輝きは温かい母の子守唄代わりになる。
 多分、東風先生が言うようにちょっとしたストレスを溜めすぎた不調だろう。それだけ俺の心も体も「大人」になったっつーわけだ。ガキの頃にはそんなに苦痛じゃなかったことも、年を重ねるといろいろと厄介になってくると昔、宇宙空間を飛びながら親父がぼやいていたっけ。
 そんなことに想いを巡らせる。
 天道コーポレーション(ここ)は心地良い。何よりもあかねが居るから。
 ここに辿り着いていなければ俺は…。もっとストレス抱えたまんま、孤独に宇宙を飛んでいたのかもしれねえ。
 そんなことをつらつらと考えながら目を閉じる。

 どのくらいまどろんだろうか。
 ブンっとモニターが開く音がした。

『やあ、乱馬君、調子はどうだい?』

 見慣れた眼鏡面がその上に出てくる。東風先生だ。

「ええ、少し眠って、楽になったようです。」
 俺は眠気眼を向けながら答えた。
『さて、そろそろ本格的に治療にかかるからね…。準備するのにちょっと時間がかかってしまったけど。』
「治療ですか?」
『ああ、君の症状に一番良く効く処方箋だよ。』

 カチャっと扉の開く音がした。人の気配。

「誰だ?」
 思わず身構える。これはエージェントの本能。
「やだ、そんなに怖い顔しないの。」
「あ、あかね?」
 突然表れた天使に俺は拍子抜けて声を上げた。

『いつもは君がやってる役目をあかねちゃんに担ってもらうだけだから…。そう、あかねちゃんが特効薬。この後は君の癒しの時間…。ゆっくりね。』
 
 意味深な笑顔を残して、ブンッと途切れるモニター画面。

「おめえ、だけど、ここは医療病棟だぜ…。何しに…。」
 ちょっと間が悪い俺。ここは医療病棟だから、薄いガウンを羽織っただけの俺。
「だから東風先生、あたしが乱馬の特効薬だって言ってたでしょう?」
 と言いながら柔らかく笑う。
「治療たって…。」
「ほら、いい子だから。」
 ふっと言葉が途切れる。
 おい、いきなりそれはないんじゃねえの?
 キスするときは目を閉じるというセオリーを忘れちまった俺。
 心臓はバクバクうなり出す。
 嬉しすぎる特効薬。

「何シャチホコばって、固くなってるのよ。乱馬らしくないわね。」
 いつもと立場逆転。積極的なあかねの色香に俺は…。

 ま、いいか…。たまにはこういう風に癒される側にまわるのも。
 東風先生の粋な処方。たまには誰にも気遣うことなく、二人でゆっくりしろっていう親心的な。
 天上に映し出されたモニター画面の向こうを星が一斉に瞬く。
 その中を静かに合わせる柔肌は温かい。
 永遠を捕らえるために、俺は、ゆっくりと目を閉じた。







 ストレスも解消されて、身も心もすっきりした俺が、後からなびきから聞いたことだが、あのガキ、見舞いと称して病棟にまで入りたがったらしい。だが、東風先生がその辺いいようにあしらってくれたんだと。
「ほら、あの子、ベッティーちゃんが苦手みたいでさ、病棟の入り口に立てかけていたら、近寄れなかったんだって。」
 とくすくす笑っていた。
 そっか、もしかして、あいつ、骨格標本が苦手だのか。だから、ベッティーさんがいつも隣に侍ってる東風先生に診察を受けるのが嫌だったんだ。
 しめしめ、こりゃいいこと聴いたぜ。

 それから以後、俺は、溜まったストレスを癒されたくなったとき、どっかと部屋のどまん前にベッティーさんを置くようになったことは言うまでもなく。ベッティーさんはガキ除けってわけじゃねーんだけど…。そうすりゃ、ナオムも好奇心は持っていても近寄れないって訳。
 始終一緒に居るって訳にはいかずとも、それなりストレスは発散させなきゃな。俺だって己の身は可愛いわけで。あかねも戸惑いつつも、やっぱりそれなりストレス発散には付き合ってくれるようになった。

 何だかんだ言ってもな、俺たちは最良のパートナーだから。
 ストレスの溜めすぎは早めに処置、…な。



 完




 体調崩してへろっている時に書いたものです。
 熱が下がったところで書きとおした突発作。単に訳もなく甘くておばかな作品書きたかっただけで作った作品。
 半官半民家(BORDER)のアップロード型掲示板に突っ込みました(笑・・・とっても迷惑な行為。

「インテルメッゾ」(intermezzo)
音楽用語で「間奏曲」。舞台劇の幕間などに演奏された曲のことです。バロック時代からありました。

 その後、あかね編も書きましたのでどうぞ。


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